6-12 火の玉の出所
ごく弱いが、やはり火は霊力をもって練り上げられたもの。フレイアの炎の欠片が意志を持って彷徨っているような、そんな印象だった。
ケイも追って確かめる。ケイにとっては、文字通り燃えさかるように苛烈な霊力のそれに感じられた。
「お前がそう言うならやっぱり、あれの原因はフレイアってことじゃないのか」
「そんな」
火を指さしたケイの冷静な声に、ナオは反射的に首を横に振る。それを見やると、ケイは眉をひそめた。
「でもフレイア、ヒイロちゃんを守ろうとしてたし……」
ナオは早口に言うと、握りしめていた小さな拳から炎が漏れる。無意識に具現化してしまったらしい魔力を、ナオは慌てて制御しようとした。だが彼女の意志とは裏腹に、揺らめく小さな炎が次々と現れては、二人の周りをゆらゆらと踊った。
「あ、あれ……? おかしいな」
ナオはぱたぱたと両手を動かすと鎮火に奔走する。シャボン玉を潰して遊ぶ猫のように両手で火を掴んで消していき、ようやく全ての炎を収めた。
ほっと胸を撫で下ろすと、ナオは自身の手を見つめる。精霊石は鋭く光ったままだ。彼女は未だ強い発動を続けているということだ。
「おい、お前ほんとに大丈夫かよ」
「う、うんごめん」
ケイの声にはっと我に返ると、ナオはぽかんと口を開けたまま頷いた。
そんなナオを見て、ケイは一抹の不安を覚えて眉根を寄せる。
もともとナオは高い攻撃能力を持つためか、魔力のコントロールはあまり上手くない。だがそれを差し引いても、ケイには彼女がいつも以上に火加減ができていないように思えたのだ。
不安定な精神状態が魔力に影響しているのだろうか。だが、それだけが原因とは限らない。
ケイは顎を引くと、未だ戸惑いに揺れているナオに背を向けた。
「とりあえず、俺は直接その精霊に会っていないからな。確かめるまでは何とも言えねぇだろ」
肩越しに振り返ったケイに、ナオはきゅっと表情を引き締めてみせる。
「そだね……って、さっきの火の玉は?」
「あ」
二人して間抜けな声を上げて固まる。どさくさのうちにすっかり目を離してしまっていた。
慌ててきょろきょろと視線を彷徨わせる。火の玉は変わらず、その場でお行儀よく漂ったままだった。
二人がまた意識を向けるのを待ち構えていたかのように、火はその場で大きく円を描くように旋回する。そしてそのまま、突如としてどこかへ飛んで行こうとした。
「あ、待って!」
火はまるで、二人をどこかへ誘うかのようだった。
それに応えるように、二人は反射的に飛び出して火を追っていた。
高めの高度を保ちつつ、火はどんどん速度を上げる。
火は大きく弧を描くと、町の商店街へと躍り出た。ようやく混乱が収まりつつあったところにまた現れた火の玉に、人々が再びざわめきだす。
「うわ、また出た! 火の玉っ」
上を向いて指をさす人込みを気にした様子もなく、火は彼らの真上を一直線に通り抜ける。それを盛大に飛んで跳ねて追いかけているケイとナオも注目を集めていたことは言うまでもないが、彼らは火を見失わないようにするだけで精一杯だった。
火の動きは、迷いがない。
「どこへ行くつもりなの……?」
揺れる瞳孔に鮮やかな橙色の炎を捉えたまま、ナオはそっと呟く。
しばらくすると、火はふと動きを止めた。ナオは目を見開くと慌てて止まろうとする。
「うわわっ!」
足が速いせいで、車輪が滑るような急ブレーキになってしまった。どうにか止まったところに、こちらも急ブレーキをかけたらしいケイがぶつかる。
「わぶっ」
「きゃんっ」
ナオは背中からの衝撃に吹っ飛ばされた。逆ならまだしも、ケイとはそこそこ体重差があるのだ。
「わ、悪いナオ、大丈夫か!?」
「へいき!」
勢いのまま前転し、ようやく体勢を整えたナオは、慌てて謝罪するケイをよそに空を見上げた。
そこは商店街を抜けた先にあった道の真ん中だった。建物を見る限り住宅地が近いらしく、二人は警戒を強める。
火は、真っ直ぐに睨みつけてくる二人を見下ろすように漂っている。
「……行かせない」
ナオは手を掲げると、炎を纏う。
火は、何かまた被害が出る前に潰しておくべきだろうか。逡巡しつつも、戦闘態勢を整えた。
しかしそれを遮るようにして、辺りに甲高い声が響き渡った。
「何よ、アタシじゃないわよ!」
「えっ?」
聞き覚えのある声だった。ナオは思わず火を仕舞うと、訝しげな表情をしたケイと顔を見合わせる。
「この声、フレイア?」
「そうなのか?」
近くにいるのだろうか。二人はきょろきょろと辺りを探る。
さらにフレイアのよく通る大きな声に合わせ、何人もの人の声が入り混じって聞こえてきた。そちらを見ると、どこかへと続く脇道がある。
風に乗って、フレイアの霊力の気配を感じ取った。
「フレイアだけじゃない、あっちにもっとたくさん人がいる……あれ? 火は……」
駆け出そうとしたところでナオは気付く。目を離した少しの間に、先ほどまで漂っていた火の玉は跡形もなく消えていた。今はもう、気配すらも感じない。
まるで役目を果たしたと言わんばかりにあっさりと消えた火に、ナオは言いようのない不気味さを感じた。だが、今はフレイアに会う方を優先して歩を進める。
脇道を抜けると、公園らしい広い場所に人だかりが見えた。
彼らの斜め上に漂う小さな影がある。炎の翼を忙しなくばたつかせて激昂している精霊、フレイアだった。
「火を扱えるのなんてお前以外に誰がいる? だいたいあの火の玉は何なんだ、答えてくれっ」
「確かに火球くらい操れるわ、けど知らないわよ! なんでアタシがわざわざこの町を攻撃しないといけないのよ! そんな趣味があるならとっくにやってるわっ」
どうやら町の人々がフレイアに直接爆発事件について尋問しているらしい。だが、それがお気に召さないらしいフレイアはキーキーと甲高い声で抗議している。
ナオとケイは足を止めると、それを遠巻きに見守る。
確かに本人の言う通り、フレイアに攻撃の意思があるならば町に火の玉を飛ばしてちまちま嫌がらせするよりも、最初から盛大な火球を打ち込みそうな印象である。彼女の性格を理解しているらしい町の人々も戸惑いの表情を作ると、声のトーンを落とした。




