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スピリスト-精霊とよく似た異能力者たち-  作者: みぃな
6.火山の精霊、フレイア
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6-10 飛び交う炎


「うーん、精霊(フレイア)の力を操れる奴なんて、フレイア本人以外にいるはずないし……」


 火の出所が皆目見当が付かない。小声をあげると、ハルトは唸る。

 そのとき、視界の隅で橙色がちらついた。


「え……?」


 ハルトは目を見開いた。

 そちらを見ると、今度はハルトの真横で小さな火の玉が揺らめいていたのだ。

 ハルトは反射的に火から離れる。火は絶えずゆらゆらと揺れていた。警戒心を滲ませるハルトをよそに、その場で小さな正円を描くように飛んでいる。

 まるで意思を持っているかのように、表情など持たないはずの火がにたりと嗤ったように見えた。


「――おは……よう」


 頭の中に直接響くような高い声が聞こえた。


「なっ……!?」


 喉から引き攣った声が漏れる。追い打ちのように、今度は甲高い悲鳴がハルトの耳朶を叩いた。


「きゃああ! 火がっ!?」


 女子生徒の声だった。廊下にいたハルトの様子がおかしいことに気付いたのだろうか、ハルトはまた教室の中に目を向ける。そして思わず言葉を失った。

 教室の中で、いくつもの火の玉が飛び交っている。

 子供たちだけでなく、女性教師もパニックになってそれぞれ席を立って逃げ惑っている。火は彼らを追いかけるわけではなく、あざ笑うようにして自由に飛びまわっていた。


「くそ、しまった!」


 ハルトは教室に飛び込んだ。子供たちに何度もぶつかられながらも、何とか彼らを庇おうと剣を構える。

 火は全部で五つだった。それぞれが蹴られたボールのように跳ねると、不意にその場でぴたりと動きを止めた。

 大きな霊力は感じられない。だが、また爆発しないとも限らない。


 ――守らなくてはならない。


 ハルトは剣を握る手に力を込めた。

 剣を構えたまま目を忙しなく動かし、それぞれの火への警戒を強める。汗が頬を伝って床に落ちた。

 後ろに漂う火に目を向けたとき、教室の隅で頭を抱えて縮こまっているヒイロの姿があった。がたがたと震える彼女の頭上へと、ひとつの火が近づこうとしていた。


「ヒイロ!」


 ハルトは彼女に駆け寄ろうと足を踏み出す。そのとき、下から突き上げられるような衝撃が彼らを襲った。


「――地震!?」


 立っていられないほどの激しい揺れだった。足が縺れたのを何とか立て直すが、移動することはできなかった。

 子供たちのいっそうの悲鳴があがる。いくら地震には慣れている町とはいえ、あまりにも大きい。

 地鳴りが響き、建物が軋む音をあげて、天井の蛍光灯が割れた。ハルトは刀身の大きな剣を魔力で作り上げて放つと、破片をその真下でどうにか受け止める。

 数十秒は続いたであろう揺れはようやく収束する。ハルトは顔を上げるとすぐに子供たちの様子を伺った。


「みんな、怪我はないか!?」


 見る限り大きな怪我を負った者はいないようだった。啜り泣く女の子が床にへたり込んだまま動けなくなっていたくらいで、ハルトは女の子を慰めつつひとまず安堵する。

 だが、そこで気が付いた。


「あ、あれ……? 火がないっ」


 教室内を見渡すが、先ほどまで漂っていた火の玉はすべて跡形もなく消えていた。ついでに霊力の気配も綺麗さっぱり消えている。

 さすがのハルトもあまりの気味の悪さに顔を顰める。だが、変わらず教室の隅で一人うずくまっているヒイロを見て、今度こそ彼女に近づこうとした。


「ヒイロ! やっぱりあんたの仕業だったのね!」


 それは空気を引き裂かんばかりの金切声に遮られる。見ると、女性教師がもはや憎悪に満ちた目をして、小さな少女をわなわなと指さしていた。

 ハルトは思わず唇を噛みしめた。ただでさえひどい扱いをされていたのに、こんな状況ではそれ見たことかとヒイロが責め立てられるのは明らかだ。

 事実、教室を仕切る教師に倣い、子供たちは一様に冷たい目をヒイロに向けた。まるで予めそうプログラムされたロボットのように、寸分の狂いもない。

 ヒイロは肩を強張らせて座り込んでいる。赤い目を大きく見開き、小さな口は必死に言葉を紡ごうとぱくぱく動いていた。

 ヒイロは首を小刻みに横に振った。


「ち、ちが……わた、しなにも……」

「何が違うんだ、色違い! さっきは火がお前のところに近づこうとしてたじゃないかっ」


 男子生徒が声を荒げる。それを皮切りに、生徒たちは口々にヒイロを罵倒しはじめた。

 ヒイロはぎゅっと目を瞑る。耳を塞いで背を丸めて怯える彼女を見て、ハルトはついに声を張り上げた。


「やめろ!」


 ひときわ大きなハルトの声。それに驚いた女性教師や生徒たちは口を開けて固まった。

 しんと静まり返る教室。つかつかと小気味よい足音を響かせて歩み寄ると、ハルトはヒイロの腕を掴んで立ち上がらせた。

 何も言えないヒイロを引きずるようにして、ハルトはそのまま教室の扉に手をかける。廊下に一歩足を踏み出したとき、ぴたりと止まって振り返った。


「……彼女は一旦オレと支部に来てもらう。何もわからないうちから決めつけて汚い言葉で罵るくらいなら、教師なんてやめてしまえ」


 静かな、しかし炎よりも苛烈な低い声をあげる。蔑むような目を女性教師に向けると、ハルトはそのままヒイロを連れて出て行った。

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