6-9 色違い
色違いとは、先天的に外見に特徴を持った人間の俗称である。
多くは髪の色と目の色に現れる。稀に身体の一部が変形していたり等、その変異はさまざまだ。
人間の目や髪の色というものは、持っている色素の量で決定する。色素が少ないと髪は白金に近くなり、多ければ黒に近づく。瞳の場合は前者は青色に近くなり、後者はこちらも黒に近くなる。つまり、遺伝的な要素が大きいと言える。実際、ナオは髪や目の色だけでなく顔立ちも母親そっくりだと、故郷の町にいた頃はよく言われていたものだ。
しかし時折、突然変異のように奇抜な色を持って生まれる人間がいる。ヒイロのような炎の色を映したように真っ赤な髪や目の者もいれば、真っ青な色を持つ者、時には二色以上を持つ者も存在する。
彼らはそれぞれが持つ変異以外の外見や身体能力、内蔵機能、頭脳等、普通の人間と変わらない。だが、人々には奇異の目で見られ、時には家族にさえ拒絶される者もいる。
特異な外見は、精霊の生まれ変わりだからだ。
或いは、精霊と通じて生まれた子だからだ。
人によって差異はあるものの、要するに、人が忌み嫌う精霊と通じた外見であると認識され、またそう教えられてきた。
沈鬱な面もちで、ナオは黙りこくる。わずかに躊躇う素振りをみせた後、ハルトはゆっくりと口を開いた。
「ナオ、あんまり深入りすんなよ。オレらはあくまで任務でこの町にいるんだからね」
「……分かってる」
ハルトの言葉が、ナオには冷え切った氷のように感じられた。
だが彼の言うとおり、撤退指示があればそれまでだ。
スピリストの仕事は、政府に指示されたことに従うこと。それ以上もそれ以下もない。
「それはそうと」
ハルトは努めて平然と話し始めた。彼の方をぱっと振り返ったケイとは対照的に、ナオは上の空だ。
「さっき一緒にいるとき一応探ってはみたけど、あの子から特別強い魔力とか、何かの気配を感じることはなかったよ。どういう経緯で精霊と会っていたかは答えてくれなかったけど、この町の人は別にフレイアを嫌ってるわけではないし、そこは問題ないのかもしれない。それで……」
「ごめんねハルト。私、ちょっとだけここから離れていいかな」
「ナオ、ちょ……」
ハルトの言葉を最後まで聞くこともなく、ナオはその場を立ち去ろうとする。小柄な背中が廊下の向こうに消えて行った。
中途半端な小走りは、後ろ髪を引かれながらも耳を塞ごうとしているだけ。ただ逃げただけだ。そしてそれはおそらく、本人が一番よく分かっている。
ケイとハルトは廊下をじっと見つめていた。
「だいじょうぶか、あいつ……」
「平常心じゃいられないだろうね。オレも見てるのはやっぱりキツい」
「……そうだな」
諦めたかのように、ケイは再び教室の中のヒイロを見やる。
歳も性別も何もかもが違う彼女の横顔。それに先日久しぶりに会話を交わした幼なじみの少年、スゥの姿が重なって見えた気がして、ケイは思わず舌打ちをした。
「ケイ、オレはここに残ってるからさ、ナオについてってあげなよ」
「え、ああ」
「ついでに町の様子も見てきて。オレらがここで固まっていても効率が悪いだけだ」
ハルトが親指を立て、廊下を指す。
ケイは頷いた。
「悪いな、ハルト」
ヒイロの監視だけではない、調査任務もあるのだ。わざわざ三人が一緒になってたった一人の女の子を追いかけ回しているだけでは、いささか仕事がお粗末である。
「うん。まださっきの爆発とか火の玉とか、原因が分かっていないからね。油断すんなよ」
「ああ、分かってる」
短く答えると、ケイはハルトの脇をすり抜け、廊下を走って行った。まだナオもそう遠くには行っていないだろう。
残されたハルトは一人、また教室の中に目を向ける。
ヒイロの席は一番後ろの端。隣には誰もおらず、追いやられているような位置だった。
まるで最初からそこに存在していないかのように。
魂が抜けたかのようなヒイロの横顔をじっと見つめる。まばたきをしていなければ、人形が座っているかのようだ。
「あれ?」
ふと、ハルトの口から小さな声が漏れた。
一瞬、彼女の髪の周りに赤い炎の塊が見えた気がしたのだ。
「気のせいか? いや、違う……」
彼女の赤い髪が太陽光を反射して揺らめいたのかと思ったが、ハルトはすぐにそれを棄却する。
ほんの少しだけ、精霊の気配がしたのだ。それも先ほどの火山の精霊、フレイアとよく似たものだった。
「火の玉? じゃあ、やっぱりフレイアが……?」
ハルトは無意識に窓に手を触れると、じっと目を凝らす。精霊石が僅かに光った。
この町では最近、火の玉が漂っているのをよく見かけるという。町に着く直前、ナオが見たというのも同じものだった可能性が高そうだ。
同時に、フレイアが町にやってくる頻度も上がっているという。関連は否定できない。
ヒイロとフレイアに接点があることは間違いない。だがそれだけだ。スピリストなっているならともかく、色違いというだけで魔力は扱えない。町の人が言うように、ヒイロの意志で何かをしているとは考えにくいのだ。
そして、近くにフレイアの姿はない。彼女ほど強い霊力を持つ精霊が近くにいたならば、ハルトなら気配に気付けるはずだ。




