6-7 「小さい」とは言わないで
「知ってるわ、アンタたちはスピリストとかいう奴ね。脆弱な人間の小娘が、ちょっと魔力を持ったところで何をするつもりなの」
「な、何もしないよ! だから話を聞いてっ」
「フン。そんなもの信用できないわねっ」
言い捨てると、フレイアは一度大きく羽ばたいて上昇する。その細すぎる腕を掲げると、瞬く間に彼女の背丈の数倍もの大きさの炎が現れた。
「あ、あんな大きな火を一瞬で……!?」
「だれが身体の割に大きな火を出すですって!?」
「ぴゃんっ!?」
いちいち変なところを取り上げて噛みつこうとするフレイアに、ナオはまた高い声をあげて縮みあがった。
「なんかめんどくさいなあいつ」
依然として無視されているハルトが半眼をして呟く。『小さい』という類の言葉に反応するようだが、どうにも被害妄想が過ぎる精霊らしい。
言いつつも、ハルトは剣を構える。今にも放たんとしているフレイアの炎は紛れもなく脅威である。熱風が巻き起こり、刀身にゆらゆらと揺れる赤色が映し出されていた。
「フレイア、だめ!」
そのとき、喉の奥から絞り出したかのような甲高い声が彼らを遮った。
振り返ると、胸の前で両手を握りしめている赤髪の少女の姿がある。彼女の目は、揺らぐことなくフレイアに向けられていた。
「……え?」
ナオは少女とフレイアを交互に見やる。かたかたと震えている少女を見つめ、フレイアは気まずそうに唇を噛んでいた。
フレイアは掲げていた手を下げる。渦巻いていた炎が一瞬にして消え去ると、はためいていた彼女の服や髪もふわりと降りた。
「……フン。付き合ってられないわ」
それだけ言うと、フレイアは翼を広げる。勢いよく羽ばたくと、彼女は真っ直ぐに飛ぶ。
一瞬の出来事だった。反応する間すら与えられずに、ナオとハルト、そして少女の真横を一直線に通り過ぎると、海の方へと飛び去って行き、すぐに見えなくなった。
「ほ、ほえ……?」
フレイアに突如として離脱され、ナオは振り返った姿勢のまま固まっていた。同じように首をひねり、海を見つめる少女も目を丸くしている。
ハルトは剣を構えたままだったが、フレイアが飛び去ると同時に張りつめていた霊力も薄れており、剣を降ろした。ナオとほぼ同時に発動を解くと、彼の右手の剣は霧散する。
「なんだったんだ……」
そう漏らすと、ハルトは己の心臓が未だ早鐘を打っていることに気付く。強張っていた肩がようやく落ちたかと思うと、あまりの緊張に鈍い痛みが走っていた。
ハルトは左手首の精霊石を覆うように、右手で握りしめた。
「あのフレイアってやつ、相当強い精霊だよ……。正直、オレらで対処できる任務とは思えなくなってきた」
いつになく弱々しい声だった。
「そんな、ハルト……ッ」
ナオは振り返ると、ハルトの表情を見て言葉を失う。
「よくわかんないけど、戦闘から離脱してくれたのはラッキーだったと思う。今のオレらじゃ、あの女の子ひとりさえ守れたかわからない」
ハルトは目を伏せると、自嘲的な笑みを浮かべる。彼の横顔を見て、ナオも唇を噛みしめた。
「フ、フレイアはそんなことしないよっ」
「ふえ?」
不意にまた、甲高い少女の声が響く。俯いていたナオは驚いてそちらを振り返った。
見ると、あんなにも怯えていた少女が自分からナオに近付き、おずおずとその手をのばしてきていた。ナオはその手をそっととると、少女はまた肩を踊らせる。だが、いくぶん落ち着いた様子でナオを見上げた。
ナオは努めて優しく問いかけた。
「そうなの? キミ、フレイアについて何か知ってるの?」
「フレイアは悪い精霊じゃないよ。この町の人たちもそう思ってる。だから攻撃なんてしないで、お願い……」
「ヒイロ! お前の仕業だったのか!?」
「え?」
突如、その場に野太い男の声が割り込んでくる。
明らかに糾弾する声。見ると、町の消火活動を終えたのか、駆けつけてきたらしい男たちや初等学校の教師と思われる女性の姿があった。
「ヒ、ヒイロ? それってキミのこと?」
再び少女を見下ろすと、彼女はまた怯えた表情を見せて俯いた。
そうしている間に集まってくる町の人間たち。ほんの数人だったが、彼らの目は一様にしてひどく冷たく、そしてまっすぐに少女を捉えていた。
「最近地震が多かったり火の玉を見たって報告が多かったのは、お前がフレイアを唆してさせていたことだったんだな!」
「ええ!? ちょ、ちょっと何でそうなるんですか?」
あまりの言い方に、ナオは慌てて少女を背に隠した。
まだ幼い少女に対し、男はナオ越しに彼女を指さして声を荒げる。周りの大人たちは、誰も少女を庇おうとはしない。
「そいつは色違い。精霊の生まれ変わりだ! ヒイロがやったに決まってる!」
「そんな……!」
ナオの背後で、少女は耳を塞いで背中を丸める。最初に出会った時のように頭を腕で隠すように抱え、ぎゅっと目を瞑っていた。
見えないように、聞こえないようにしても、恐怖からは逃れられない。
代わりのように、ナオは非難の目を向ける大人たちを鋭く睨みつけた。
「余所者のお前たちには分からないかもしれないが、おれたちには分かる。そいつは自分の身内さえ見殺しにするような子供なんだ! だから……」
「分からないね。だからオレらも上に報告して指示を仰ぐまでは、あんたらの言うことを聞くことはできないよ」
ぶつかり合う視線を遮るようにして、ハルトがナオの前に割り込んだ。
今にも飛び出しそうだったナオを制止すると、ハルトはじっと上目遣いに大人たちを見上げる。
その瞳孔に気圧された表情の大人たちが映る。ハルトはまばたきもせず、静かに言った。
「オレらはスピリスト。この町には任務で来ている。オレらが従うのは政府だけだ」




