6-5 騒動と動揺
「きゃっ! な、何!?」
「あっち、煙が上がってる!」
ハルトが指を指した方向を、ケイとナオは勢いよく振り返る。
少し離れたところで、黒煙が空へと立ち上っている。建物で隠れてしまい、その下で何が起こっているのかは見えないが、女性の悲鳴や子供の泣き声が聞こえてきた。
明らかにパニックになっている。そしてそれは三人の周囲にいた人々も同じで、何事かと狼狽えはじめた。
「何だ、何が起こった!?」
「何か爆発がっ……ガスに引火でもしたのか!?」
恐怖に縮み上がっている観光客を端に追いやると、町の人間と思しき男性が数人、周囲の建物から躍り出て煙の方を指さした。すると応えるように、また一人男性が駆け寄ってくる。
「どうした、何があった!」
「大変だ、急に火の玉が飛んできて爆発を起こしたんだ!」
緊迫した表情で倒れ込んできた男性に、町の人々が集まる。
男性は頭や腕に真新しい怪我を負っていた。額から血が伝い、片目を抑えながらも、彼は近くにいた男性の腕を掴んで声を張り上げた。
「お、おれの店のすぐ近くだ! 人も建物も吹っ飛ばされて、怪我人もいる。助けを呼んでくれっ」
「わかった。火が回る可能性もある、皆をすぐに避難させろ!」
「そんな、初等学校の近くじゃないか! 子供たちは無事かっ!?」
怪我をしている男性を駆けつけてきた医師に託すと、町の男性たちは銘々に動く。
恐怖に凍り付く観光客や、悲鳴をあげる女性を誘導していくが、町はあっという間に恐慌状態に陥った。
「わ! ちょちょっと、落ち着いて! ってムリか……」
我先にと逃げ惑う人をどうにか躱すと、ハルトは立ち上る土煙に目を細める。
明るい茶色の目を鋭く吊り上げると、ハルトは人の流れに逆らって駆け出した。
「行ってみよう!」
「うん!」
「ああ」
ケイとナオも表情を引き締めると、ハルトに続いていった。
重なる悲鳴がどんどん多くなる。逃げ惑う人々はもはや阿鼻叫喚だ。時には建物の上を伝いそれを躱していく。
風上から流れてくる風が、熱を帯びたように感じた。現場はすぐそこだ。
「大丈夫ですか!?」
早かったのはナオだった。道を曲がった先に躍り出ると、甲高い声を張り上げる。
そして、口を開いたまま立ち尽くす。急に止まった彼女の背中にぶつかりそうになりながら追いついたケイとハルトも、同じように立ち止まった。
そこは大きな建物に続く道だった。商店と思われる建物は半壊し、そこかしこから黒煙を上げている。
道は行き止まりだった。その先に、開け放たれた場所と大きな建物がある。
地面はいくつも円形に大きくうがたれ、建物の破片が散らばっている。
火は燃え上がっていたらしいが、近くの温泉から水を持ってきたのか、男たちが協力して消火にあたっている。
「急いでここから離れろ!」
飛び交う男の怒号。子供を抱え、パニックになって金切り声をあげる女性を遠ざけている。彼らに任せておいてもじきに鎮火するだろう。『水』や『風』、『地』等といった火に対抗できる能力を持たない三人の出る幕はなさそうだ。
ほっと胸を撫で下ろしながらも、被害状況を確認する。怪我をした人は多いが、皆軽傷のようだ。こちらも医師たちに任せておけば大丈夫だろう。
「あの! 初等学校が近くにあるって聞いたんですけど、そっちはだいじょうぶですか!?」
「あ、ああ。爆発はここら一帯だけで、校舎には届いていないはずだ」
詰め寄るナオに、一人の男が大きな建物を指さして言った。
男の言う通り、落ち着いた色の校舎は広い校庭を挟んだ向こう側にあり、爆発の影響もないようだ。数人の男性が駆け寄っていくのが見えたが、安全確認をしに行くのだろう。
ナオの精霊石が鋭く輝いた。
「――ハルト!」
「わかってる」
勢いよく振り返ると、ハルトも同様に精霊石を輝かせ、辺りを探っているところだった。
大きな被害をもたらした爆発は、地面の陥没を見る限り数回にわたる。これが精霊の仕業だとして、追撃がないとは限らない。
発動を強めると、辺りに何かの残滓を感じ取る。霊力だろうか。空気に満遍なく溶け込んでいるような感じがして、いずれは風に流されて消えそうな程度のものだ。
もしもまた爆発が起こるとすれば、霊力は一カ所ないしは数カ所に高濃度で圧縮されるはず。ひとまずは大丈夫のようだ。
ナオは辺りを注意深く見渡す。少しずつ索敵の範囲を広げていく。
怪我をして倒れ込んできた男が言っていたような、火の玉らしいものは見当たらない。
ナオは歯噛みした。やはり町に着く前、何か違和感を感じた時に政府に報告し、指示を仰ぐべきだった。
ケイは政府へと電話をかけて報告する。そのとき、通話を遮るかのようにして、子供たちの泣き声が聞こえてきた。
顔を上げると、校舎の窓から銘々に子供たちや教師らしい大人が覗き込んでいるのが見えた。大きな被害はなさそうだが、轟音は十分に届いただろう。校庭に出てきた女性に、先ほど駆け寄って行った男が何かを話している。
初等学校とは、五歳から十二歳までの子供が通うことを義務づけられている学校である。まだ幼い子供もたくさんいるはずだ。きっと怯えているに違いない。
焦る気持ちと、このまま追撃がないことを祈る気持ちを心の中でかき混ぜながら、ナオは下げた拳を握りしめた。
「こんなところで……え?」
「ナオ?」
ナオの絞り出すかのような声音が、ふと跳ね上がる。通話を終えたらしいケイが振り返ると、彼女は校舎を、いや、そのさらに向こう側をじっと見つめていた。
「――かすかだけど、少し離れたところで何か……たぶん精霊の気配がする」
ハルトが応える。ナオは頷くと、建物の端から少しだけ見えていた道を指さす。どこかへ行けるようだ。
「ハルト、あっち」
「うん、行ってみよう!」
ケイをひとまずその場に置いて、ナオとハルトが駆け出す。
校庭を抜け、怪訝そうな顔をした町の男たちや教師とすれ違うと、校舎の裏の細い道へと躍り出る。遮るように前方から吹いてきた風に、潮の香りが混ざっていた。
道の両側に沿うようにして、木々が植えられている。大きく枝葉をのばして南中の太陽光を軽減し、やや薄暗い。
ほどなくして道は終わり、視界が一気に開ける。
眩しさに二人が目を細めて見ると、辿り着いたのは、海が見える岬だった。
波が打って返す音と、海鳥の泣き声が静かに反響している。
真正面。海の上には、あの火山島が見えている。
それをじっと見つめるように背中を向ける、一人の少女が佇んでいた。




