6-4 町と精霊
「火山って、あの島ですよね。噴火したりはしないんですか?」
ナオは顔を上げると、人当たりの良さそうな店主に尋ねてみる。店主は快く答えてくれた。
「ああそうだよ。最後に噴火したのは二百年以上前だと言われてるし、時々地震がある以外は問題ないから大丈夫さ」
「地震ですか……怖いですね」
ナオはわずかに目を伏せる。先ほども突然起こった地震に驚いたばかりだ。
「まぁな。でも火山のおかげでこの町は温泉街として栄えているし、地下資源が豊富だからこんな綺麗な宝石だって採れるのさ。時々小さな精霊がやってくることがあるけど、害はないから安心しな」
「精霊?」
ナオは眉を跳ね上げる。
急に表情を引き締めた彼女に対し、店主の表情は仕方ないと言わんばかりだ。
「精霊は確かに異形だ、お嬢さんのような反応をするのも無理ないさ。けど、フレイアって言うんだけどな、そいつは昔から気まぐれに飛んで来て散歩して帰って行くだけだし、ある意味ここの名物みたいになってんだよ。悪さをしたという話は聞いたことがないから、見かけてもそっとしといてやってくれ」
「そ、そうなんですね。教えてくださってありがとうございます!」
少々違った解釈をされたらしいが、店主の言葉は意外だった。ナオは驚いた表情を隠すように背筋を延ばして立ち上がると、店主に会釈をして店を立ち去った。
離れて立っていたケイとハルトと合流すると、三人は一度小さく頷く。
この町の政府支部に電話をかけると、すぐさま精霊の資料を送ってもらうよう手配した。
ほどなくして、ハルトが手にしていた携帯電話が震え、メールの受信を告げる。受信フォルダを開くと、一番上にあった未読メールを展開する。メールには簡単なこの町の情報に加え、画像データが添付されていた。
「ナオ、これだ。この町の精霊」
通行人の邪魔にならないよう道の端に寄ると、ナオとケイはそれぞれ両隣からハルトの手元をのぞき込む。携帯電話の画面いっぱいに、一人の女性の写真が表示されていた。
まだ少女と言えそうなほど若い女性だったが、耳がまっすぐに尖っていたり、所々に炎を纏った体は人間のそれではないのが明らかだった。
「火山の精霊『フレイア』、小さな身体に炎の翼を持ち、素早く飛び回って強力な炎を操る……か」
「わ、きれいなお姉さんだね」
「そういう問題じゃねぇよ」
やや的を外したナオのコメントに、ケイは条件反射のように突っ込みを返した。
だが確かに、纏う炎の色を綺麗に反射している金色の髪も、すらりと長い手足を引き立てる服も、その背にある炎の翼のようなものも、とても美しい精霊だ。
ハルトは景色の中に見えていた火山島と写真を交互に見やる。
「うーむ、火山って言ったらそりゃ火系の精霊か。なんか強そうだねーナオ」
「むぐ?」
言うと、ハルトは呼びかけられて顔を上げたナオの口に何かを突っ込んだ。きょとんと目を丸くしたナオは、味蕾を満たした甘い味に、それが食べ物と気づいて咀嚼を始める。
「あ、おいひい」
横から見るとリスのようにもぐもぐと頬が動いている。
齧って口からこぼれ落ちそうになったそれを手に取ると、大きな茶色いお饅頭のようだった。
「ほへ? ハルトなにこれ、おいしい」
「さっき買ってきた。温泉饅頭だってさ」
ハルトも同じように饅頭を頬張りながら携帯電話に目を落とす。ナオは嬉しそうに続きを食べていた。
ケイはハルトに半眼を向ける。
「って、お前いつの間にそんなもの」
「おなかすいちゃって。おいしいよ、はい」
ハルトは口をもごもごと動かしながら、いつの間にか手に持っていた袋からまた一つ饅頭を取り出す。
今はちょうどお昼前。確かに空腹だったケイは促されるまま口にした。柔らかくて程よく口の中でほどける。甘さも控えめで美味しかった。
「あ、ほんとだうまい」
「そだね、かき氷も食べに行く?」
「いやだから観光に来たんじゃねぇから」
さりげなく食に走ろうとするハルトに、またしても突っ込みを返すケイだった。今に始まったことではないが、緊張感がなさすぎる仲間たちである。
残念そうに唇を尖らせるハルトをよそに、ケイは再び画面の中の精霊の写真を見やる。
「このフレイアって精霊のことだよな、この任務。別にこの町の人たち、こいつがうろついていたところで気にしてなさそうだけどな」
「まぁねー。けど、みんながみんな好意的とは限らないんじゃないかな。スピリストに対しても同じことが言えそうだけど」
饅頭を咀嚼して呑み込むと、ハルトは低い声で答えた。
それにケイは返す言葉が見つからず口を噤む。ハルトの言う通りだ。スピリストとしては、任務として関わるには町の人を一般人というカテゴリーで括るべきだが、彼らをひとまとめにして考えるべきではない。
「火山……?」
黙ってしまったケイの代わりのように、今度はナオが高い声をあげる。
饅頭を食べ終わったらしい彼女は、思い出したかのように再び火山島を見ていた。
「どしたの、ナオ?」
「ううん。さっき町に着く前に火が飛んでいったかもって言ったでしょ? この精霊さん火属性だし、何か関係はあるのかなって……」
「ないとは言えないね。普通に考えたら関係はありそうだけど、今この町に影響はなさそうだし、何もなく消えちゃったんじゃない?」
「うん、だといいけど思い出したらちょっと気になって。でもそうだね、きっと私の気のせいだよね」
ナオは顔を綻ばせると湯気をかき消すように手を横に振る。
しかし、彼女自身がケイにも言ったことだ。良くないことは口にするべきではない。
その瞬間、町中に爆発音が轟いた。
次いで甲高い悲鳴が幾重にも聞こえて来て、三人は飛び上がりそうになりながら辺りを見渡した。




