6-1 たまには観光もしたい
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「……暑い」
ぐったりとうなだれながらつむじを見せ、ケイは地の底から響くように低く、弱々しい声をあげる。
力ない足が交互に前へと動いているのを見ながら、ケイは恨めしげにため息をついた。
そんな彼を振り返ると、少し先を軽快に歩いていたナオとハルトは慣れた様子で突き放す。
「うん、暑いのはいつものことだよケイ」
「何を今更。そー言ったって仕方ないじゃん」
二人揃って振り返ると、さっさとまた前を向いてしまう。ケイは少し顔を上げると、そんな二人の背中を睨めつけた。
「そりゃお前らはいいだろうが……それにしたって、いつもよりきつい気がするな……」
ケイは額に浮かんだ汗を拭う。
熱を奪う能力を持つ彼は魔力を持った代償なのか、暑さにはめっきり弱くなってしまったのである。
反対に熱を生み出す能力を持つナオはめっぽう強い。ハルトはただの慣れだ。平均気温は年間通して高いのである。
「あー、それも言ったって仕方ないことみたいだよ」
「あ? そんなんわかってるよ……」
ケイは不機嫌さを露わに、再び振り返ったハルトを見る。分かっていても暑いものは暑いのだ。
ふと足を止めると、ハルトはその場で立ち尽くす。ケイは怪訝な顔をしつつ、重い足取りでハルトに追いつくと、彼は待ってましたと言わんばかりに携帯電話を見せてきた。
「なんだ? 『ここがおすすめ! 絶対行くべき観光スポットはこちら!』って?」
しげしげと画面を眺めるケイの口から棒読みが漏れる。ハルトは大きく頷くと、何かを謀議するかのような笑みを浮かべた。
「次の任務のある『クレナ』って町の特集記事なんだけどね。ここ、温泉が有名らしいよ。着いたら三人で入ろうぜ」
「あほかっ」
ケイのひっくり返った声が轟く。
赤面しながら携帯電話をハルトに突き返す。ハルトが残念そうに唇をとがらせていると、いつの間にか立ち話を始めた二人を見かねたのか、ナオが小走りで戻ってきた。
ハルトはわざとらしく首を傾けた。
「ねーナオ、お前は一緒に温泉どう?」
「うん、いいよ」
「は!?」
二つ返事で了承したナオに、ケイは今度こそ仰天した。
羞恥のかけらも感じられないどころか、ナオはケイに対し何を驚いてるの? などと言わんばかりに目を瞬かせている。
二人の間に流れる妙な沈黙に、ハルトが不自然に肩をふるわせて笑いを堪えながら、再び携帯電話の画面を指で示した。
「ほら、これこれ」
「は……?」
ケイは口を半開きにしながら画面に表示された文字を読む。
観光おすすめスポットランキングというその記事には、『水着で入れる温泉プール』と書いてあった。
「…………」
ケイは赤面したまま硬直している。恥ずかしさのあまり思考が停止しているらしい。
そんなケイに対し、ハルトがいつものごとく追い打ちをかけた。
「何ケイ、裸で入るつもりだったの? うーわーケイくんエローいサイテーあはははー」
「お、温泉っつったら普通風呂だろ! っていうか論点ずれてんだろっ」
ケイはもはや泣きそうな顔で叫ぶ。すでにお風呂でのぼせたかのように真っ赤である。何となく事情を察したらしいナオがにこにことしながら黙っているが、パニック状態のケイに彼女の様子を伺う余裕はなかった。
「つまり、暑いのはあれだよ」
「あ?」
ハルトは笑いながらケイの背後を指さして助け船を出す。もはや呆然としながら、ケイは促されるままゆっくりと振り返った。
周囲の山々の影から、遠くの方に海が見えている。その光景を見て、ケイは目を見開いた。
「島……?」
「そ。あれ、火山島だよ。元は海の底にあった火山が噴火を繰り返して、あんな島ができたんだって。温泉が有名なのも、地熱のおかげで温かい湧き水が出るからだね。少しだけど、この辺は平均気温が高いらしいよ」
「あ、なるほど……」
ハルトのにこやかな解説に思わず脱力すると、ケイはため息をつく。
まだ少し距離がありそうだが、水平線を遮るかのようにして、山が海の上にそびえ立っている。火山と言えば山頂から煙が立っていそうなイメージだったが、そうでもないらしい。緑色も見えることから、何かの植物も茂っているようだ。
またひとつ、汗の粒が頬を伝ったところで、ケイははたと我に返った。
「いや、何の解決にもなってねぇし……」
「じゃあケイ、町に着いたらかき氷食べようよ」
「観光に行くんじゃねぇよ」
キラキラと輝く目をして言ったナオに、ケイがすぐさま突っ込みを入れる。
ハルトは携帯電話をぽちぽちと操作すると、ぱっと顔を上げた。
「火山島が見えたってことは……あ、あれだ。あれが『クレナ』の町」
「おー……」
ケイが気の抜けた声をあげる。ハルトが指さした先を見ると、火山島の近くに小さな町が見えていた。
ハルトは不気味な笑顔を貼り付けたまま、くるりとケイを振り返った。
「…………」
「なんだよ」
「元気出るように万歳させてあげようか?」
「いらねぇよ!」
だいたい余計なことが飛んでくるであろうハルトの笑顔は期待を裏切らない。律儀に聞く姿勢を見せていたケイは脊髄反射のようにハルトから距離をとる。
だが、それで引き下がるようなハルトではない。
「遠慮すんなよーつれないなぁ。ほぉれ」
「やめろこの野郎! こっち来んなっ」
ハルトはスキップをするかのように軽やかにケイを追いかける。いつもの鬼ごっこのはじまりである。




