6-0 少女と精霊(☆)
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海と空を隔てる線を遮る一つの島。濃い青色に乱反射する太陽光に目を細めながら、その景色を独り占めできる場所。
そこは精霊の指定席だった。
その日も気まぐれに飛んできて、一通り町を散策した後、少し翼を休めていただけ。再び飛び立とうと翼を広げたとき、不意に背後から声をかけられたのだ。
「あなたは精霊さん? 初めて見た、とっても綺麗ね」
その少女との邂逅は、精霊にとってはただの退屈しのぎだった。
人と接する機会がないわけではない。むしろ、精霊は近隣に住む人間たちとはうまく関わっている方だった。だが、少女をひと目見たとき、他の人間とは違う『何か』を感じて目を丸くした。それが何なのかは、精霊にはわからなかったが。
少女はぎこちない笑みを浮かべながらも、精霊を見て瞳孔を開く。
「ねぇ精霊さん。私、あなたとお話がしたいな。またここに来てもいい?」
少しだけならと、精霊は首肯する。
たまには景色を誰かと見るのも良いだろう。
悠久の時を生きる精霊の、ほんの気まぐれだった。
今はまだ幼い少女も、瞬く間に大人になる。きっとそのうち飽きて来なくなるだろう。たとえそうでなくとも、人の一生を見届けるくらいの時間など、戯れにすぎないのだから。
「ねぇ精霊さん。私ね、ひとりぼっちになっちゃった」
ある日、少女は泣き腫らした目を擦りながら、消え入りそうな声で言った。
無理矢理歪められた少女の笑顔は、ひどく悲しげで切なかった。
精霊は困惑する。
のどに絡まって出てこない言葉を紐解いている間に、少女は顔を上げる。
突き抜けるような青空を、濁りのない白い雲を、その深紅の瞳に映して、少女は独り言のように言った。
「精霊さんは翼があっていいね。私も飛べるなら、お空の向こうを見てみたいな。そうしたら、会いたい人にだって会えるでしょう?」
赤みが差した小さな頬に、一筋の滴が伝う。
その動きをじっと目で追いながら、精霊はぐっと口を噤んだ。
――翼があっても、精霊は決して空の向こうには飛んで行けない。
そんなことは、少女には伝える必要もないのだと。
精霊は翼を広げて舞い上がる。
少女の頭に手を置くと、精霊は黙ったまま、柔らかな髪をそっと梳いた。




