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5-21 二度目の不運

**


 リサの手続きを終え、彼女の携帯電話を受け取ると、すでに一件のメールが来ていた。そこに記されていた彼女の最初の任務は、簡単な調査のようだった。

 指定された場所へ行くには、『カリス』の町から列車に乗らなければならない。駅まで一緒に向かったハルトだったが、同じ任務を命じられたわけではないので、いつまでも行動を共にはできない。

 すでに日は暮れており、辺りは暗い。任務がないハルトたちは無駄に動くことはせず、支部に戻って朝を待つ。ケイとナオは支部に残っているので、リサを見送るのはハルトだけだった。


「それじゃ、あたしはこれで」


 改札口で振り返ると、リサは不安と名残惜しさを混ぜ合わせた笑みを浮かべた。


「色々ありがとうハルト。そしてごめんね」

「うん。元気でね」


 ハルトは明るい笑顔を返した。

 太陽のような彼の笑顔に、リサはそっと眦を下げる。


「またね。あなたの願いが叶うことを、あたしも祈ってるから」

「ありがとう」


 ハルトが頷くと、リサは右手を差し出した。その手にはまた手袋をはめていたが、それに気付くと慌てて手袋を外す。

 右手首の精霊石が、街灯の光を反射して優しく輝く。一度それに目を落とすと、ハルトも手を差し出して握手をかわした。

 列車の到着を告げるアナウンスが流れる。真上にあったスピーカーを振り仰ぐと、リサは切なげに目を細めた。


「行かなきゃ。任務を果たしに」


 ハルトの手を離すと、リサは踵を返す。ホームへと向かう彼女は、最後にまた一度振り返った。


「いつか弟を迎えにいくわ。そしてまたあなたにも会いたい!」

「はいよー、楽しみにしてるよー」


 大きな声で手を振るリサに、ハルトも手を振り返す。

 名残惜しそうに笑う彼女の姿が見えなくなるまで、ハルトはその場で見送っていた。


「……さ。ケイとナオが寂しがってるかもだし、オレも戻ろっかな」


 口元に笑みを浮かべながら、ハルトはそっとひとりごちる。

 元来た道を戻るべく足を踏み出したハルトの左耳の大きなピアスが、都会の夜の眩しい光を受けて、きらりと輝いた。



**


 町中を早足で歩きながら、眉間に深い皺を刻んだシュウは携帯電話を耳に当てていた。


「――もしもし?」

「ミナミ、どういうつもりだ。なぜ調査もせずにあんなことを」


 通話が始まるなり、シュウは早口でまくし立てた。それに電話口の声にやや不満の色が混ざる。


「どうもこうも、あなただって同意見でしょう? あの子はただ実験台にされただけよ。『彼ら』に続く手がかりがないのなら、調べたって意味がないわ」

「それはそうだが……慎重なお前にしては珍しいな」

「そうかしら。十分警戒はしているつもりよ。あの子をここで政府の監視下に置けば、彼らだってそう簡単に手出しはできない」


 高めの女の声が、やや低く押し込められる。シュウは歩いていた足を止めた。


「それに、彼女に手を出してきたらそれはそれで彼らへの足がかりとなる。餌となるならそれでいいし、そうでなくとも政府の新たな戦力となる。特殊属性は数が少ないし、政府にとって悪いことはないでしょう」

「…………」


 シュウは黙ったまま、携帯電話を握る。彼女の言うことはおそらく正しい。


「これではっきりしたわね。彼らが精霊石を盗んだ目的はやはり、政府が把握していないスピリストを生み出すこと。政府へ刃向かうための戦力の強化ということよ」


 彼女の口調が少し強くなる。

 シュウはもはや相槌さえも打たず、ただ聞いているだけだった。


「――政府に仇なす者には制裁を。あたしたちのすべきことはただそれだけ」

「……ああ、分かっている」


 シュウは瞑目すると、静かにそう返す。電話口の声が、満足したように和らいだ気がした。


「そう。では、さっさと本部に戻ってきなさい。詳しい報告を待っているわ」

「分かった。ところで、彼女が起こした窃盗事件についてはどう処理する?」

「そんなもの適当にしなさい。彼女を政府が管理する以上、握りつぶすなり賠償金を支払うなりすればいいわ。もともと警察(ポリス)でなく政府が主体となって動いていたんだから、それくらいできるでしょう」

「了解」

「そう。じゃ、また後で」


 通話はまた、一方的に切られる。シュウは諦めたかのように携帯電話を仕舞う。彼女との電話はいつもこんな感じだ。

 顔を上げると、よく晴れた夜空が広がっている。明るい都会の空は、星は見えない。月の光だけが、柔らかく降り注いでいた。

 シュウはふと、この任務における大きな貢献者となった子供たちを思い出す。

 彼らと出会うのは二度目だった。風力発電の町で、シュウは己の正体を事務員の女性と偽って彼らと関わったことがあったのだ。


「もう二度と会うことはないと思っていたのに、まさかこんなすぐに会うことになるとは」


 どこか自嘲するような笑みを浮かべて、シュウはひとりごちる。


「……偶然だったとはいえ、僕の任務に二度も関わってしまった上に、彼女に……紫水晶(アメジスト)にまで。不運なことだな」


 シュウの小さな声は都会の喧噪にかき消されて、聞くものは誰もいない。

 シュウはまた早足で歩き始める。彼の後ろ姿はすぐに、人混みに紛れて見えなくなった。




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