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5-20 リサの精霊石


「それで、聞かせてもらおうか。お前はどうやってその精霊石を手に入れた」


 腕を組んで立ちはだかるような青年、シュウの姿に、リサは肩を強ばらせた。

 ハルトに連れられ、「カリス」の町の政府支部に着いた直後、待ちかまえていたシュウによる尋問が始まった。じっと見下ろしてくるシュウの鋭い目を懸命に見上げると、リサは唇を引き結ぶ。

 リサが窃盗を繰り返していた理由については、彼女のデータやハルトの報告から察していたのか、シュウは何も聞こうとはしなかった。リサにしてはまず自分がした悪事について責められると思っていたのだが、そのことについてはもはやそっちのけなシュウがよく分からない。


「……知らない人にもらいました」

「面識はないということか。その人物は」

「家を出てすぐ、お金が欲しくて財布を盗ろうとしたときに気付かれた人です。若い女の人でした。事情を話すと許してくれて、いいものをあげると近くの森に連れて行かれたんです」

「近くの森? その場所は?」

「その人に会ったのは『アカネ』という町で、その近くに森があって」

「……ああ、確かに。ここからそう離れていないな」


 矢継ぎ早に質問を繰り出すシュウは、リサの言った町を知っているらしく納得したそぶりをみせる。


「夜だったので、真っ暗な森が怖くて。もういいからと逃げようとした私に、その人はお金と、透明の丸い石を握らせました。そしてその人は私に、『力が欲しいの?』って言って。頷いたら、石が急に光り出しました」


 リサは右手首の石を汗ばむ手でそっと撫でる。

 そんな彼女の様子を、ハルトやようやく合流したケイとナオが黙って見守っていた。

 ケイとナオは操られていた町の人が一通り正気になったのを見届けると、ひとまずシュウに報告した。同時刻、ハルトがリサを捕縛したと連絡を受けていたシュウは、ケイたちにも支部に戻るように指示したのだ。

 支部で会ったハルトの耳には、彼の大切にしているピアスが輝いており、ケイはナオと顔を見合わせて安堵した。

 だが、ただならない雰囲気で待ちかまえていたシュウや、その尋問の内容に二人で眉をひそめていた。


「光が収まったら、石がピンクになって、こんな風に手首にくっついて取れなくて。一体何なのって叫んでも、その人はいつの間にかいなくなってました」


 俯きながら、リサは話を続ける。爪をひっかけるようにひっかいても、手首の石はびくともしない。


「いきなりこんなものが手首に貼り付いて取れなくて、怖くて。どうして、何をしたのって叫んだら、遠くの方からその人の声が聞こえました。『それはもうあなたのもの。自由に使いなさい』って。姿は見えないのに、響いてくるようで、怖くて、パニックになって。その人が追いかけてくるような気がして、しばらく森の中を逃げ回ったわ」


 恐怖を思い出したリサは震え上がると、自身を抱きしめるように肩を抱いた。


「走っても走っても、何も追いかけては来なかった。それでも、今までとは比べものにならないくらい体が軽くて、すごい速さで走れることがまた怖くて、わけがわからなかったの。木にぶつかっても、転んですりむいても、傷口を見たらあっという間に塞がって。あたしはどうなってしまったのかわからなかった。足が限界になって倒れたら、少しずつ気持ちが落ち着いてきて。聞いたことはあったから。この石は、身体能力に優れて、精霊に似た力を持ったスピリストっていう人たちが持っているものだって、気付いたの」

「……そうか、わかった」


 リサの話に、シュウは頷くと短く答える。

 ハルトの報告によると、その後は精霊石を渡してきた女に、リサは会ってはいないという。

 しばらくして自身の能力を理解してきたリサは、それを駆使して窃盗事件を起こしては、一つの町にとどまることはなく転々としていた。その方が足がつきにくいと考えた上のことだろう。

 精霊石を渡したのが政府でないことを除けば、現時点でのリサはひとまず普通のスピリストと変わらない。

 スピリストは精霊石を持つことで、強制的に魔力を引き出すことによって能力を得る。人にはごく僅かながら生まれ持った魔力があり、その属性が人によって違うそうだ。そういった理由から、能力というのは選ぶことができないし、実際得るまで何の能力を得るのか分からない。

 シュウは口に手を当てると、小さな声で呟く。


「――つまり、盗んだ精霊石を使って、目に付いた少女を実験的にスピリストにしたということか」

「え? 今なんて……」


 シュウの言うことを真剣に聞いていたリサは、聞き取れずに首を傾ける。シュウは首を横に振る。


「いや何でもない。それで、その女の顔や特徴は?」

「はい、えっと……あれ? 思い、出せない……?」

「何だと?」


 額に手を当てて戸惑うリサに、シュウは眉をひそめる。次いで苦々しげに舌打ちをすると、低い声で呟いた。


「ふん、奴らもそう簡単にしっぽは掴ませないか……」


 シュウは踵を返すと、リサに背を向ける。顔を上げたリサを振り返ると、シュウは目を眇めた。


「お前の身柄はしばらく政府で預かる。上に報告して調査が済めば、スピリストとして任務を与えるようになるだろう」

「ちょっと、今の話じゃリサはその怪しい女ともう関係ないんでしょ?」


 声をあげたのはハルトだった。リサだけでなく、ケイやナオも目を丸くして彼を見ている。

 シュウはいかにも面倒くさいという顔をしてハルトに向き直る。


「僕も概ねそう判断しているが、最終的に彼女の処遇を決めるのは政府だ。今の僕にその権限はない」

「そりゃそうかもしれないけど……」


 ハルトは唇を噛む。仮にシュウに情があったとしても、彼の判断で全てを片づけることができないのは当然である。彼とて政府に所属するいちスピリストなのだ。

 縋るような目をしたリサと目が合う。ハルトは悔しげに俯くと拳を握った。

 任務はすでに果たした。これ以上ハルトにできることはないし、する権利もない。

 押し黙ったハルトにため息をひとつ返すと、シュウはリサを手招きした。


「分かったら僕と来い。政府本部へと移送する」

「――その必要はないわ」


 突如、落ち着いた高い声が辺りに響く。

 建物の中に反響するように澄んだ声音に、シュウが目に見えて狼狽えた。支部の事務員たちも緊張に顔を強ばらせている。


「なっ……なんでお前が」


 シュウは慌てて携帯電話を取り出すと、画面を見て顔をしかめる。通話を示す画面が表示されており、通話時間は八分を越えていた。

 支部に着いたリサに話を聞き始めてから、ちょうどそれくらいの時間が経過しようとしていた。


「話は全て聞かせてもらったわ。シュウ、あたしの声がそこにいる人たち全員に聞こえるようにしなさい」


 電話から聞こえてきたのは、シュウ以上に抑揚のない女の声だった。突如割って入ってきたその声に、ケイたちは訝しげに耳を傾ける。


「あたしは紫水晶(アメジスト)。政府本部に所属するスピリスト。リサと言ったかしら、あなたにはそのまま任務を命じるわ。彼女の魔力をデータに登録して、携帯電話を渡しなさい」

「え……?」


 女の声に、リサは呆然と立ち尽くす。

 携帯電話を持ったままのシュウの後ろで、了承を示した事務員たちがばたばたと動いていた。

 謎の女の声に、明らかに慌てて対応する事務員たちや、何も言えないシュウ。彼女は一体何者なのだろうか。

 ハルトはシュウの携帯電話の画面を見つめる。姿の見えない電話口の人物に警戒心を向け、ゆっくりと声をあげた。


「えっと、つまり……反逆組織とやらと関わっているかもしれないってリサへの疑いは晴れたってこと?」

「疑うも何も、最初から捨て駒にすらなっていないわ。ならば、政府のために働いてもらうだけよ」


 女は容赦なく言い捨てる。それにリサがびくりと体を震えさせた。


「手続きを終えたら、任務を確認して早急に発ちなさい。後は頼んだわよ、シュウ」

「あ、ちょっと待てミナ……」


 シュウが何かを言うのも待たず、通話は一方的に切れた。通話の終了を示す無機質な音が辺りに響くのを、その場にいる全員が呆然と聞いていた。

 携帯電話の画面を閉じると、シュウは疲労を吐き出すように大きなため息をつく。


「……そういうことらしい。魔力の認証をしてすぐにここから発つんだ。お前たちも任務は終了だ。ご苦労だった」


 立ち尽くす四人の子供たちに、シュウはそれだけ言い捨てると、彼もまたさっさと支部を後にした。

 残された四人は無言のまま顔を見合わせる。だんだん事態が呑み込めてきて、安堵の色が濃くなってきたところで、手続きを促す事務員に声をかけられた。




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