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5-17 魔力の管理


「観覧車……」


 自身の声に、ハルトははっと我に返る。

 人に非ざる動きで横を通り抜けた少女を見て、ゴンドラの中の客が驚愕の表情を浮かべている。遅れて地面を蹴ると、ハルトは少女と同じように観覧車の上を跳ねて彼女を追った。

 白みだした空に、輝きを増したハルトの精霊石が映える。ハルトはその手にいつも使っている剣を具現化すると、強く握りしめた。

 ダン、と固い音を上げて、少女はゴンドラの一つに着地した。追ってハルトも二つ隣のゴンドラの上に登りつめるとすぐに立ち上がり、真っ直ぐに剣を構えた。

 その衝撃と、彼らの体重に、ゴンドラがゆらゆらと揺れる。きぃきぃと接合部が軋む音だけが、彼らの耳に届いた。

 二人は無言で睨み合う。

 荒い呼吸を繰り返して肩を揺らしていた少女は、心底うんざりとしたように大きくため息をつく。


「……しつこいのよ、あなた」


 真っ赤に染まっている空を背に、さらに赤みを増した少女の赤毛が大きく広がる。

 少女の左足は血で汚れていた。だが、スピリストは身体能力だけでなく、修復能力にも優れている。もう出血は止まっていた。

 二人を乗せたゴンドラは、少しずつ上へと進む。もうすでに、地上に見える人は遙か小さく見えていた。

 ハルトは剣の切っ先を少女に突きつけた。


「――リサ」


 凛とした低い声。少女は極限にまでつり上げていた目を大きく見開いた。


「あたしの名前……なんで」

「政府が全力でお前を追っている。お前のこともとっくに調べ上げられた。捕まるのは時間の問題だ」

「うるさい!」


 少女、リサは大きくかぶりを振ると、腰のポーチから素早く拳銃を抜いてハルトに向けた。

 突きつけられた真っ暗な銃口を見つめる。わずかに手が震え、カタカタと安定しない。


「政府に刃向かうつもりなの?」


 ハルトは冷ややかな声音で言う。今の彼に得物を向けるのは、政府に従わないことと同義だ。

 見下すようなその瞳に、リサは全身の血が沸騰するような激情を覚える。人差指を引き金にかけると、両手で銃を構えて狙いを定める。


「政府なんて関係ないわよ。一度だって関わったことはないし、関わるつもりもないわ」

「そ。なら、盗んだものを返して、大人しくオレと来い。政府には従っていた方がいい。それが生きるためなら……」

「いやよ! そんなことしたって、あたしの願いは叶わない!」


 空いた手を差し出そうとしたハルトを、リサは引き金を引きながら拒絶した。

 銃口が鋭い光を放ち、ハルトが乗っていた無人のゴンドラの上面を大きく抉る。その直前に飛び退ったハルトは、すぐ隣の骨組みの上へと軽やかに着地した。


「願い……?」

「そうよ」


 ぴくりと眉を跳ね上げたハルトにリサは銃口を向け直すと、高い声を張り上げる。


「あたしの願いは義両親(あんな奴ら)から家族を……弟を取り戻すことよ。これまでのあたしは無力で叶わなかったけれど、今ならそれができる! あたしは一人で生きていける! 政府なんて構ってられないのよ!」

「それなら尚更だ。政府を敵に回しちゃだめだ」

「なんでよ!」


 リサはもはや涙を浮かべて吠えた。

 努めて冷静だったハルトだが、彼女の表情を見ると、こみ上げてきたものを押し込める。


「オレだって同じだ。家族のために、仲間のために政府に従っているっ」


 ハルトの早口は、語尾に行くほどに強くまくしたてるようなものに変わる。リサは眉をひそめた。


「どういうこと? 家族のために、政府に?」


 ハルトは剣を降ろすと、乱れそうだった呼吸を整えて細く息を吐く。不審と不安の色を滲ませたリサの瞳をじっと見ると、ハルトは口を開いた。


「……スピリストがなぜ政府に管理されて、任務があるのか分かるか? その必要があるからだ」

「必要、って……」

「ああ。どうやって手に入れたか知らないけど、お前の精霊石、右手の手袋の下にあるんだろう。それは人間の生命力を魔力に変換し、増幅し続ける装置だ。それを手に入れたときからずっと、魔力は身体の中で増え続ける。だから、使い続けなきゃいけない」


 リサは震える手を口に当てた。瞳孔の開いた目で、銃を持つ右手を見つめる。

 精霊石を見ているのだろうか。

 彼女の表情は驚愕よりも恐怖のそれだった。だが、ハルトは淡々と、言葉を続ける。


「精霊と違って、人間の身体は魔力に耐えられるようにできていない。元々魔力なんて持ってないんだから当たり前のことだけど、常に死にかけた精霊と同じ状態なんだ。だから、定期的に能力を使う機会を得ないと、膨れ上がった魔力を暴走させて死ぬ。そのために任務があるんだ」


 ハルトは手にしていた剣に目をやると、リサに見せるように顔の高さで横向きに構えた。刀身に夕日が橙の光を当てて、彼の表情を隠すようだった。


「お前だって不思議に思っただろう。魔力を持ったこの身体は軽いし、怪我をしたってすぐに癒える。けどそれは、魔力によって身体を動かして修復しているだけ。自分の魔力は自分で管理しないといけないんだ」


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