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5-15 夢の中の逃亡劇




 ハルトが少女を追いかけてたどり着いたのは、カリス・ドリームランド。最初に少女と遭遇し襲われた、あの遊園地だった。

 少女が甘い香りを駆使し、エントランスをくぐり抜けたところまでは確認できた。しかしまた香りに噎せてしまった隙に、少女を見失ってしまったのだ。

 エントランスの上から飛び降りると、ハルトは悔しげに拳を握りしめる。そんな彼のただならない様子に、周囲にいた人々が怯えた顔で遠ざかって行った。

 遠慮がちに近づいてきた女性スタッフが、ハルトの精霊石を見て何かを察したのか踵を返す。それを尻目に、ハルトは唇を噛みしめた。


「くそ、あの女どこ行った……」


 独り言ちると、ハルトは短剣をその手に具現化する。すると一方向から少女の魔力の気配を感じ取ることができた。

 これだけはっきりと分かるならば、十分に追える。

 まさに駆け出そうとしたその時、ポケットの中の携帯電話が着信を告げる。

 ハルトは舌打ちしそうになるが、ひとまず通話ボタンをタップした。


「――もしもし?」

「僕だ、状況は?」


 走りながら通話する。聞こえてきたのは、淡々とした男の声。シュウだった。


「シュウさん? 悪いけど、今犯人を追ってドリームランドにいるところなんだ。ちょっと後で折り返……」

「いや、そのまま聞け。犯人と思われる少女のことがわかった」

「え!?」


 驚いて声をあげると、ハルトは正面から歩いてきたカップルにぶつかった。彼らに謝罪すると、再び人の間を縫うように走り抜ける。

 右側に、きらびやかなネオンが輝くゲームコーナーが見えた。だが、ここからは気配は感じない。


「少女の名はリサ。歳は十三だ。警察(ポリス)の協力を得てここ最近行方不明になっている者のリストと照合したら、彼女が浮かび上がった」

「何、それなら元は失踪とか家出とかしてるってこと? なら、やっぱり『裏切り者(クロ)』じゃなかったの?」

「ああ、それ以前に……彼女はそもそも、政府にスピリストとして一度も籍を置いていない」

「え、どういうことっ?」


 あまりに突拍子もないシュウの話に、ハルトは思わず足を止めた。


「そんな、あり得ないでしょ」

「ああ、普通はな」


 瞠目するハルトに返されたのは、あくまで冷静なシュウの声だった。


 スピリストになるためには通常、政府に願い出るしかない。

 戦力を漏れることなく管理するため、スピリストの証である精霊石は政府が独占して所有し、管理しているからだ。申請を許可された者だけが政府から精霊石を受け取ることができ、魔力を引き出すことによってスピリストは誕生する。初めは透明だった精霊石はそれぞれの能力に応じた色に染まり、能力者の手首へと縫い付けられる。

 そのため、現在スピリストとして能力を持っている人間というのは、政府に管理されているか、『裏切り者(クロ)』として政府のお尋ね者になっているか、そのどちらかのはず。

 つまり最初から、一度も政府が情報を把握していないスピリストというのは存在しないのだ。

 黙ったままのハルトの耳に、またシュウの静かな声が届く。


「……十日ほど前、政府本部に何者かによる襲撃があった。その際、精霊石の原石がいくつか奪われたんだ。僕はもともと、その事件を追う任務についていた」

「精霊石が!? そんなこと一体誰が……」


 あり得ないし、無意味だ。

 心中でそう呟くと、頭痛さえ覚えた気がしたハルトは無意識に頭を掻く。

 そもそも、精霊石を政府から奪ったところでどうすると言うのだろう。能力は一人ひとつ、複数の精霊石を得ることはできない。ただ政府を敵に回すだけだ。

 シュウは己が恥を晒すように声を絞り出す。


「政府に敵対している、ある反逆組織の仕業と思われる。だが問題はそれよりも、その精霊石を悪用すれば、政府が把握していないスピリストを新たに生み出すことができるってことだ」

「! じゃあ!」

「ああ。どういう繋がりがあるのかは分からないが、その組織が例の少女に精霊石を与えた可能性がある。だが、現段階では憶測にすぎない。だから」


 シュウは一度言葉を切る。一呼吸分置いて、彼は続ける。


「僕が優先するのは事実関係の確認だ。少女に話を聞きたい。その組織に組するならば容赦はしないが、そうでない可能性もあるからだ」


 まるで氷のように、シュウの声音が冷え切る。

 思わず恐怖の念を抱きながらも、ハルトは平静を装う。


「そうでないなら?」

「潔白が証明された上で政府に従う意志を示すならば、他のスピリストと変わらない。任務を与え、管理下に置くまでだ」

「そう」


 短く答えると、ハルトは携帯電話を握る指に力を込める。

 シュウの言うことは容赦はないが正しい。むしろその組織とやらとの繋がりが疑われているのにも関わらず、少女に弁明の機会を与えようと言っているだけ優しいくらいだ。捕えた後問答無用で始末することくらい、あの政府ならやってのけても不思議ではない。


 強い力は、管理を誤ってはならない。一時の甘い感情に流されてはいけない。

 それはいつかきっと、己の破滅を手繰り寄せるのだから。


「そのまま少女を追って、捕らえろ。少女に対する攻撃を許可する。ただし、話ができる程度に抑えろ」

「……了解」


 ハルトがそう答えると、通話はすぐに切れた。

 直後、携帯電話が震えメールの受信を告げる。送り主はシュウだった。

 メールを開いてみると、『リサ』という名前の少女のデータが添付されていた。手早く画面をタップしてデータを展開する。


「あっ、こいつ……!」


 少女の顔写真を見て、ハルトは思わず高い声をあげる。

 瞠目したまま、ハルトは勢いよく顔を上げた。

 ゲームコーナーのネオンをじっと見つめる。


 今度こそ、はっきりと思い出した。


 ここで銃ゲームをプレイして、ナオが拾ってきたうさぎのぬいぐるみを景品として獲得し、この場所へと通りかかったことを。


 霞が晴れて、記憶のピースが全て繋がる。


 この場所で、この写真の少女に確かに出会ったことを。


 少女に銃口を当てられた額にそっと手をやる。



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