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5-14 再会と追いかけっこ


「あ!」


 探知機が反応を示している。ハルトに連絡しようと携帯電話を取り出したところで、ハルトとケイも何かに気付いたか、辺りを警戒しているように見えた。

 ハルトがある方向を指差している。それにケイが何かを話しているようだ。

 ナオはハルトが示した方へと、探知機をかざしてみる。すると、先ほどよりも大きな波が画面上に描かれた。反応が強くなったのだ。すると、視線の先の大通りから、ひとつの影がすいと脇道へ逸れる。

 ナオは目を見開いた。


「みつけた、あれだ!」


 少し先にいたケイとハルトを避けたようだ。その人物の服は真っ白だった。目を凝らすと、白い帽子をかぶり、フリルのたくさんあしらわれた白い服を着ているようだ。遅れて、その脇道を隠すかのように人が流れる。その場にいればさりげない動きなのかもしれないが、上から見たら明らかに不自然だった。

 ナオは携帯電話を耳に当てる。


「ケイ、ハルト! 怪しい人がいたよ! そこからすぐの右の道に逸れた。白いふわふわのスカートを着てる女の子がいた!」

「了解」


 ケイの短い返答を確認すると、ナオは通話を終了する。下を見ると、ケイとハルトが人込みを掻き分けて脇道へ進もうとしているところで、ナオも迷わず建物を蹴った。高く跳躍すると、風のように走りぬける。少女と思われる白い影から目を離さない。

 スカートが重いのか、少女は小走りで道を進んでいる。ケイとハルトはまだ人の流れに苦戦しているようだ。もしかしたら、また少女が甘い香りを使っている可能性もある。探知機はまだ反応している。


 ――ここで仕掛けるか。


 慎重に思案し身構えたところで、ふと直感にも似た何かを感じて、ナオは顔を上げた。


「ふえ?」


 実際には、それはかなり遠くの建物だった。

 その屋上に、ナオと同じように佇む複数の影がある。体格的に大人だろうか。

 傾きかけた太陽を背にして、黒く潰れてしまい姿は視認できない。

 偶然屋上にいた一般人だろうか。建物の上から上を飛び回るという、明らかにおかしなことをしているナオを見て、驚いて出てきたのかもしれない。

 ナオが影を見たのは、ほんの一瞬のことだった。しかしどうしてか、影が視線を向けている先は確かに、ナオと同じ(・・・・・)であるように見えた。


「…………?」


 ナオは眉をひそめる。

 実際はそこまで視認できるはずがない逆光の視界で、人影はナオに気付き、不適に笑いかけてきたような気さえした。

 ぞくりと身体が震える。反射的に、ナオは少女へと視線を戻した。任務の最中だ、彼女を見失うわけにはいかない。

 少女は足を止めることなく駆けている。

 早鐘を打つ心臓を庇うように左胸に手を当てると、ナオは飛び降りた。


「なに? あの子を見てた……?」


 そっとそう零すも、振り払うように壁や屋根をジグザグ状に伝うと、一気に地上へと近づく。

 白い服の少女が、脇道を抜けて再び大通りに出たのと同時に、ナオは彼女の目の前に降り立った。


「っ!」


 少女は慌てて足を止めると後ずさる。振り向くと、背後からはケイとハルトが走ってきていた。挟み撃ちだ。

 またしても空から降ってきたナオに通行人がざわめくのを無視して、ナオは声を張り上げた。


「ハルト、ケイ!」


 動けずにいる少女の背後に、ようやく追いついたケイとハルトも立ちはだかる。

 ナオは身構えると、少女を睨みつけた。


「燃やしたって、あなたを捕まえるから!」

「いや燃やしたらダメだろ」


 ケイが条件反射のように突っ込む。骨の髄まで染み込んだ癖のようなものらしい。

 ナオはその手に炎を生み出すと、少女と対峙する。

 攻撃能力では圧倒的にナオの方が上だ。本気で炎を叩き込めば、おそらく少女に為すすべはない。それはおそらく少女の目から見ても明らかで、十分な威嚇となる。


「こんなことをしたって何になるの? なんでこんなことするの!? 答えて!」


 ナオは一歩身を乗り出す。少女は今度は後ずさることもなく、帽子の下から覗く唇を大きく歪めた。


「何でですって? 必要だからに決まってるじゃない。一体なんなのよあなたたち。邪魔しないでちょうだいっ」


 ナオほどではないが、甲高い声だ。ハルトが言った通り、まだ幼さを残した少女のそれだった。

 少女のスカートが翻る。

 白いレースがふわりと降りたときには、少女はまた黒い拳銃を右手に構えていた。

 突如目に入った凶器に、近くにいた通行人の女性が短い悲鳴をあげた。

 少女は舌打ちすると、空いた手を小さく動かす。ナオがそれに気づいたときにはすでに、あの甘い香りが鼻孔を擽った。


「あっ……!」


 少女の後ろで、ケイとハルトが顔を顰めたのを見て、ナオは短い声をあげた。

 少女は唇を吊り上げる。その笑みは、ナオにはどこか悲しげに見えた。


「……さぁ、あたしに道を空けてちょうだい」


 少女が静かに言う。ナオは周囲の妙な気配を感じて振り返ると、通行人たちが隊伍を組んだかのように左右に分かれた。少女の逃げ道を確保するかのように人込みが動いたのだ。


「な、何……!? どうしてみんな……」

「動かないで。一歩でも動けば、この人たちを撃つわよ」


 狼狽えるナオに見せつけるように、少女は手近にいた女性の眉間に銃口を突きつけている。少女に操られているのか、女性は特に抵抗しようとする素振りも見せず、恐怖に叫ぶようなこともしない。

 一般人を巻き込むわけにはいかない。

 奥歯を噛みしめるナオを睥睨しながら、少女はじりじりと遠ざかっていく。

 そして、仕上げとばかりに左手を掲げると、少女は高らかに言った。


「さぁみんな。壁となり、あの人たちの行く手を阻んでちょうだい!」


 少女に応え、通行人たちは素知らぬ顔をしながら、少女の姿を隠すようにして歩を進める。人込みの中にできた道は、あっという間に崩れた。

 その姿が完全に見えなくなる刹那、少女はまた不敵な笑みを浮かべていた。


「うふふ、じゃあねみなさん、ごきげんよう」

「待って!」


 ナオは叫ぶが、のばした手は空を切る。

『甘美』の能力は魅了と幻惑を得意とする。おそらく最初に出会ったときも、ぬいぐるみを投げた隙にナオの行く手を阻むようにして人込みを操ったのだろう。


「くそ、待て!」

「ケイ、大丈夫なの?」

「ああ、なんとか」


 追いかけようとしたナオの横に、ケイが躍り出る。やや顔色は悪いが、動けないことはないらしい。

 彼の精霊石は眩く輝いており、薄く冷気を纏っている。自身の魔力で防御しているようだ。

 ケイは上を見ると、きょろきょろと辺りをうかがう。直後、勢いよく振り向くと、こちらも体勢を立て直そうとしていたハルトに向かって叫ぶ。


「ハルト、行け!」


 ハルトは目を見開く。じりじりと迫ってくる人垣に後ずさりながら、ケイは指で斜め上を示す。


「上からなら追えるだろう。こっちは俺とナオでなんとかするから、お前は行け!」

「……さんきゅー!」


 ハルトは頷くと、一度姿勢を低くして身構える。

 ナオがそうしていたように、壁を蹴ってに上へと飛び上がると、屋根や屋上を伝っていく。ナオほどではないが、ハルトも十分に動けるくらいの高さだ。


「絶対、逃がすもんかっ」


 強く言い切ると、ハルトはぐっと足に力を込めた。

 彼を見送ると、ナオはひとまずほっと眦を下げる。少女の能力で動かされているらしい通行人の若い男性が、持っていた鞄で殴り掛かってきたのを危なげなく躱すと、ナオはケイと背中合わせに身構えた。

 能力者である少女がこの場を離れた今、いずれは通行人たちも正気に戻るだろう。だが、政府から戦力として派遣されている以上、彼らをこのまま放っていくことはできない。通行人同士に危害が及ばないように攻撃をいなしつつ術が解けるのを見届けて、報告する義務がある。

 ナオはふと、悲しげに声を落として言った。


「……ねぇケイ。ハルトのピアスって、カリンちゃんのだよね」


 ケイは目を見張ると、肩越しにナオを振り返る。前を向いたままのナオの表情は、ケイには見えない。

だが、ケイには分かっていた。おそらくナオは今のケイと同じように少し目を伏せて、切なげな顔をしているだろうということを。


「……ああ。町を出る前にもらったって聞いたな」

「あれは、ハルトにとって大事なものなのは知ってる。だから取り返してほしい。だけど……」

「けど?」


 ナオの声音が、引き攣るようなものに変わった。ケイは訝しげな顔をして、今度は身体ごと彼女を振り返る。

 ナオは何かに怯えるように揺れる瞳で、じっとケイを見上げた。


「あの女の子、なんでこんなことをするんだろう? もしかしたら何か、別の誰かに追われてたりとか、するのかなって……」


 途切れ途切れに言うと、ナオは胸の前でぎゅっと両手を握りしめた。




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