5-13 上から下から
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町に出た三人は、ひとまず先ほどの公園にやってきていた。
ハルトは携帯電話で、『カリス』の町の地図を展開する。
都会だけあって、人が多いだけでなく町も広い。隠れるところも無限にあることだろう。闇雲に探し回っても徒労に終わる可能性が高い。やはり魔力の気配を探って辿る方が良いだろう。
ハルトは目を閉じると、掌に隠れるくらいの小さな剣を具現化した。彼の精霊石が淡く輝き、魔力に煽られて髪が靡く。
「気配は感じないなぁ……」
求めているものはまだ、捉えられない。
周囲に一般人も多く行き来するなか、堂々と剣を構えて練り歩くのはトラブルの元である。加えて、あまりに強い発動をすると相手に気付かれる可能性もある。
気を揉むハルトに、ケイがやや心配そうに声をあげる。
「相手もしばらくは発動せずにおとなしくしてるんじゃねぇか? それか、お前よりも気配の感知に優れてるか」
「シュウさんが言うには、それはだいじょうぶってことらしいけど」
淡々と言うと、ハルトはポケットに手を突っ込んでごそごそとまさぐる。そこから赤い石のついた小さなペンダントを取り出してケイに見せた。
「なんだそれ?」
ケイはペンダントに目を落とす。明らかにハルトの持ち物ではない。怪しいものを持つハルトに、ケイは思わず眉をひそめた。
「隠密用にってシュウさんが貸してくれたんだけど、政府の開発した魔力石なんだって。これが持ち主の魔力を少しずつ吸い取るらしいよ」
「は? そんなことしたらお前の力弱くならねぇのか?」
「それは調節してるって。オレが発動して相手の気配を探っても、こっちの気配を漏らしにくくする程度のものらしい。あんまり長時間持ちすぎるのは良くないらしいけど」
「んな……」
ケイは絶句する。
ただのアクセサリーにしか見えないというのに、そんな突拍子もない効果を兼ね備えているなど想像し得ない。
「政府って一体何開発してんだよ……何でもありじゃねぇか」
「ほんとにねぇ」
ハルトが無表情で同意を示す。
やたらと高性能な携帯電話を持たされた時点で察していたことだが、政府の持つ技術というのはやはり油断ならない。
携帯電話からの位置情報管理や、シュウの持っていた魔力探知機、先日の風車の町の任務で事務員が行った個人の魔力の認証など、どう足掻いても逃れられなさそうなくらい厳重な管理っぷりだ。仮に任務を放棄して追われる身になったところで、あっという間に捕らえられる気しかしないハルトだった。
「今までと違って、ここまで政府に情報を掴まれているんだ。たぶん犯人なんてすぐ見つかると思うんだけどね」
「確かにな」
ケイも頷く。
しかしケイの言うとおり、犯人と思われる少女もまた警戒心を強めているはずだ。少女もあの状況でナオの記憶を操作できたとは思っていないだろう。実際、ナオは少女の能力を間近で見ているし、覚えている。
そこで危惧したのは、身の危険を感じた少女がすぐに町から離れることだった。だが、シュウは公園でナオが少女を追って飛び出した際、動けないながらもさっさと町に検問をしき、身分の分からない者やスピリストは即、捕縛するように命じていたらしい。
つまり、少女がまだ町に潜んでいる可能性は十分にある。空でも飛んで逃げるなら話は別だが、シュウいわく、そんなことができる能力者はおそらくいないだろう、ということだった。
「でもなんか、ちょっとおかしいよね」
ペンダントを仕舞うと、ハルトは小さく唸る。
少女の手口は、徹底しているように見えて穴だらけなのだ。
普通に考えて、相手がスピリストであるならばそもそも関わらないように避けるべきだ。ハルトは左手首の精霊石を隠してはいなかった。実際、ハルトに接触してしまったせいで、少女はあっという間にシュウに特定され、捕らえられようとしているのだから。
それに、はっきりと『裏切り者』と口にしないシュウの様子も気にかかっていた。一般人に危害を加えることも、許可のないスピリスト同士の衝突も、十分な違反行為であるというのに。
少女を捕らえれば分かる。
終わりのない思考を中断させようとしたところで、ハルトはほんのわずか、肌を撫でられたかのような刺激を知覚した。
「――あ!」
声をあげたハルトに、ケイが弾かれたように振り返る。
「見つけたのか、ハルト」
「うん、弱いけど魔力の気配を感じた。あっちの方かな」
「ナオ、南西のほうだ。何か見えるかっ?」
ハルトが指で示した方向を確認すると、ケイは手早く電話をかける。電話口からナオの高い声が返ってきた。
「わかった、確認するねっ」
政府から借りた予備の携帯電話を耳から離すと、ナオは指定された方角に鋭い目を向ける。
ナオがいるのは建物の屋上だ。ケイとハルトが立っている場所の近くにある、一番高い建物を選んでいる。ハルトの指示に合わせ、俊敏性に優れるナオが上から町を見渡す作戦である。
ひとしきりきょろきょろと視線を動かしたが、相変わらず人が多い町では、件の少女に似た人物はそう見つけられない。
「ケイ、それっぽい人は見当たらないよ。反応もなし」
「そうか、わかった。とりあえず進む」
「わかった、追いかけるよっ」
ナオは通話を切ると、手の中にあった二つ折りの機械を確認する。こちらもシュウに借りた魔力探知機だが、画面は横一線が描かれたままだ。魔力の探知はない。
ナオは唇を引き結ぶと、下方に見えるケイとハルトを追って跳躍し、建物から建物へと器用に移動していく。
少女の姿が、記憶の通りとは限らない。服を着替えることも、変装することだって可能なのだ。ハルトがそばにいない上、動くための最低限の発動しかできない今、この魔力探知機が頼りである。
ケイやハルトと別れたのは、視界にナオがいない方が少女が能力を使う可能性が高いと判断したためだ。効かないと分かっている相手に仕掛けるほど、少女も無謀ではないだろう。少しでも発動をしてくれた方が見つけやすいし、ナオの不意打ちも可能だ。
ケイとハルトは大通りへと出た。それを確認すると、ナオも彼らの遥か頭上を舞う。ビルの窓の内側で驚いた顔を向ける一般人がいたが、政府の許可はあるので無視を決め込む。
大通りはやはり人が多い。
人を避けながらも足早に進む二人を見つつ、周囲の探索も行う。
無数の人間の中で、不自然に頭が動いている人はいないか。人気のない場所に怪しい人はいないか。目を忙しなく動かして見る。
しばらく二人との追いかけっこを続けたところで、握りしめていた機械が高い音をあげた。




