5-12 記憶の照合
机の上は支部を飛び出した時のままの状態だった。乱雑に置きっぱなしの資料と、立ち上がったままのパソコンがある。
事務員は無言でパソコンを操作すると、何かのフォルダーを開いて机から離れた。
シュウは椅子に腰掛けると、三人にパソコンの画面を示した。
「ドリームランドの防犯カメラの映像は、お前たちが入ったあたりの時間のものを追加で取り寄せさせた。今から確認する」
「え、うん」
ハルトは思わず上擦った声で答えると、最初にシュウと話した時のように席につく。
政府の権限でドリームランド側から提出させたのだろう。三人が支部にやってきたのはつい先ほどの話だというのに、実に素早い対応である。
シュウは映像データをクリックする。
賑やかなテーマパークのエントランスと、行き交う多くの人々の姿が俯瞰の角度で映し出された。
その中に、楽しそうに跳ねる一人の少女と、ピエロに驚く少年、それを見る黄色い服の少年が映し出される。ケイたち三人だ。このあたりまでは確かに、彼らは一緒に行動していた。
「入り口付近だな。特に変わったところはないか」
シュウは何度も一時停止し、映像をくまなくチェックしている。だが、はしゃいでいる子供たちの姿や、笑顔を振りまくスタッフが映っているだけで、特に怪しいものはない。
「問題はこの後だ。俺やナオとはぐれた後のハルトの足取りを追えるか」
ケイが横から画面を指さした。シュウは黙ったまま、映像データを閉じると、別のデータを再生する。腕を引っ張られて走り抜けるケイとナオの姿が横切った後で、ハルトは彼らとは逆方向へと歩を進めていた。
ハルトの金髪はよく目立つ。映像の中の彼の姿を追って、シュウはまた別のデータを再生した。
気ままにゆったりとした足取りで、ハルトは煌びやかなエリアへとたどり着く。ナオが先ほどもらっていたマップを確認すると、そこはゲームコーナーだった。
「ぐっ……」
そこまで見たところで、ハルトは一度強烈な頭痛を覚えて呻いた。それが収まったとき、雲間が晴れたかのような心地がして、目を見開いた。
「……思い、出した。オレは確か、ここでゲームした後で、黒い服を着た女に声をかけられた」
「ほんと、ハルト!」
「いや嘘言ってどうすんの」
甲高い歓声を上げ、勢いに任せて立ち上がったナオに、ハルトは苦笑を返した。
えへへと顔を緩めたナオを諫めるように、シュウが鋭い声音で割って入る。
「二人とももう一回確認しろ。犯人に似た人間は映っていないか?」
「あ、うんっ」
「ほわ、はい!」
どこか気の抜けた返事を返すと、ハルトとナオは再びパソコンにかじりつく。
映像の早戻しと再生を繰り返す。すると、ハルトがゲームコーナーに入った後、画面の端にちらりと女の姿が映ったところで、ナオは大きな声をあげた。
「あ! この人、この帽子の女の人!」
ナオは身を乗り出した。
その女は、ぎりぎり画面に小さな後姿が映っていた程度で、顔は分からない。だが、特長的な黒いテンガロンハットが、ナオの真新しい記憶を裏付ける。
シュウは親指で下唇をなぞると眉をひそめた。
「ずいぶん目立つ格好をしているな」
「うん、でも間違いない、こいつだ。それに、たぶんオレらとそう変わんない……女の子だったと思う」
「何だと」
迷いなく答えたハルトに、今度はシュウが驚いた表情をみせた。
何かを考え込むシュウに向けて、ハルトは唇を吊り上げた。
「よし、これだけ情報があれば。スピリストだって分かってるなら、気配を探すことだってできる。きっと今なら分かると思う」
心拍数が上がる。早口で言うハルトに、シュウは目を眇める。
「お前は兵器属性か。確かに気配を辿る能力には優れているんだろうが、それは特殊属性も同じだ。こちらが発動を強めるなら、相手にも伝わりやすくなる。相手にその知識があればの話だがな」
「どういうこと?」
「……いや」
シュウは小さく首を振ると、ハルトから目をそらす。
訝しげな顔で黙っていたケイを見た後、シュウはナオに視線を滑らせた。
「さっき犯人を追った時、何か別の気配を感じたりしたことはなかったか?」
「え、いえ。夢中で追いかけていたから確信は持てないですけど……私は何も感じなかったです」
「そうか」
短く返すと、シュウはまたパソコンの中の映像データを開き始める。三人で顔を見合わせる子供たちを肩越しに振り返ると、シュウは抑揚のない声で言う。
「僕は少し調べたいことがある。お前たちは引き続き町で警戒に当たっていてくれ」
「……ああ、わかった」
ケイは頷く。ナオとハルトも表情を引き締め、立ち上がった。
犯人と思われる女、いや、少女にたどり着くために。今はただ、やれることをやるしかない。
「――この任務……必ず達成してみせる」
左の耳にそっと触れると、ハルトはきっと目を吊り上げる。
そして、三人は再び支部を後にした。




