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5-11 能力の特性


 公園に戻ると、ケイとハルト、そしてシュウが佇んでいた。

 彼らの姿を見つけると、ナオは小走りで近寄って眉を下げる。


「ごめんね。犯人らしい人に逃げられちゃった……」

「そうか……」


 しょんぼりとしたナオに返されたのは、ナオ以上に小さく弱々しいケイの声だった。ナオは驚いて顔を上げてケイを見る。


「ふえ? ケイどうしたの、顔色悪いよ?」


 ナオは目を瞬かせる。見ると、ケイだけでなくハルトやシュウも同様だった。ぐったりと身体が弛緩しそうになるのを、何とか堪えているような表情だ。


「えっと、皆だいじょうぶ? 何があったの?」

「さっき甘い匂いがしたと思ったら急に身体が動かなくなって、眠ってしまいそうになったんだ。だから、お前が飛び出して行ったのも誰も追えなかったんだが……」

「え、ふぇ? なんで皆急に……」

「逆になんでお前は平気なんだよ」

「ほえ? そういえばなんか一瞬クラクラするような気がしたけど、私は普通に動けるよ。追いかけてる時も匂いはしたけど……」


 ナオはこてんと首を倒す。平然としているナオに、ケイはまた眩暈がしそうだった。頭がふらふらするさまは、まるで首がすわっていない赤ん坊のようだ。

 シュウは青い顔を手で押さえながらも、ケイとナオを見比べる。


「……魔力量や属性に関係がある……わけではないようだな」


 ため息とともに吐き出す。

 おそらく、甘い香りが相手の能力だ。香りに気付いた時にはすでに術中ということだ。記憶を消すにしろ相手を操るにしろ意識を奪うにしろ、何か相手に働きかけるための媒体である可能性が高い。

 単純な魔力量ならば、確実にシュウが最も多い。スピリストの能力は個人の才能はもちろんあるにしろ、使いこなすには単純に慣れも必要なのだ。十三歳のナオと比較すると、キャリアに大きな差がある。スピリストは普通、十二歳未満の子供は存在しない。

 ナオに特殊属性の耐性があるわけではない。むしろ攻撃能力に特化している能力者は、予測できない能力を相手取ることは不得手だ。

 となると、彼女との差はひとつしかない。


「性別か……」

「性別?」


 シュウの言葉を、ケイたち三人は揃って反復する。

 ハルトはきょとんとしてシュウを見上げるナオにちらりと目を向けると、すぐにシュウの方へ向き直る。


「犯人の能力、男にしか効かないってこと? だから被害に遭ったのは男ばかりなのかな」

「いや、一般人の女性を相手にするくらいなら問題はないだろう。あくまで推測だが、スピリストとして魔力を持つ女性には、まだ(・・)効果が薄いのかもしれない」


 シュウは首を横に振る。

 この公園だけでなく、これまでの現場付近にいた一般人の中には女性もいたことだろう。目撃情報が出てこないことを考えると、記憶を消すことくらいは問題がないようだ。

 シュウは手の中にあった丸い機械をぐっと握りしめる。


「これでほぼ確信が持てた。あれはおそらく『甘美』、魅了や幻惑を得意とする特殊属性の能力だ」

「『甘美』……初めて聞いた」

「特殊属性は数が少ないからな。僕もあまり見ることはない……いや、集まってるところには集まってるが絶対数は少ないな」

「そうなんだ」


 頷きつつ、ハルトの脳裏にはつい先日出会った胡散臭い白衣の男(ユキヤ)が過った。彼の『幻』も特殊属性のはずだ。


「特殊属性は能力が個々によって違う上に、『甘美』は特に魔力の消費量が少なく気配が感知しづらい。非常に厄介ではあるが、攻撃力はほとんどないものが多い。接近戦に持ち込めれば確実に勝てるだろう。それに、異性相手を得意とするだけであって、本来は対象が誰であれ魅了する力だ。彼女に効かなかったことから、おそらくまだ能力を得て日が浅いと推測する」


 言って、シュウはナオに親指を向けて示した。それを追って、ケイとハルトは彼女に目を向ける。そこでケイは今更ながら、ナオが胸に抱えているものを指さした。


「ところでお前、それ何持ってんだ?」

「ふえ? あ、ドリームランドのうさぎさんのぬいぐるみ! あの女の人の代わりみたいに転がってきたんだ」


 こちらも今思い出したらしいナオは、ケイに向かってずいとぬいぐるみを突き出してきた。ケイはそれを丁重に押し戻す。


「いや別にいらねぇ。それより、これはその女が持ってたのか?」

「たぶんそうだと思う。こっちに何かを投げたようだったから。これに気を取られて逃げられちゃったんだけど……」

「ナオ、ちょっと見せて」

「ぴゅえ?」


 不意に、ハルトの腕が伸びてくる。ナオが彼の方に振り向いた時には、すでにぬいぐるみは取られていた。

 ハルトはぬいぐるみと向かい合うようにして両手で持つと、糸でくっついたかのように見つめ合っている。

 地面を転がったせいで若干汚れてしまっているが、白くてふわふわしてさわり心地が良い。抱きしめるとナオの胸から腹まで覆うくらいには大きい。

 またしても頭蓋内に反響するような頭痛がした。ハルトは顔をしかめながらも、そっとひとりごちた。


「……これ、見覚えがある……?」


 懸命に、記憶の糸を辿ろうと試みる。

 あと少しで、何かが撚って、繋がるような気がしても、風に遊ぶ糸はなかなかその手に掴めない。


「ここで考えていても仕方がない、支部に戻ろう」

「え、あっ……」


 動かないハルトに、シュウが静かに告げる。

 意識を引き戻されたハルトはやや狼狽えるが、シュウの言うとおりである。是を示したハルトを確認すると、シュウは携帯電話を取り出して操作し始めた。

 踵を返すと、シュウはすぐに政府支部へと歩を進める。ケイたちも足早にその後を追う。

 現場の公園は支部の近くだ。すぐにたどり着くと、すでに先ほどの事務員が彼らを待ちかまえていた。


「お待ちしていました。準備はできています」

「ああ」


 シュウは短く答える。彼と事務員に促されるまま、ケイたちはまた奥の机へと通された。


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