5-9 魔力の気配
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今度の被害者は、公園で読書をしていた初老の男性だった。
現場は政府支部のすぐ近くだった。ものの数分で駆けつけることができた。
男性の周りには、公園にいた人たちが心配そうに付き添っている。男性はベンチで休んでいるだけで、見た限り大きな怪我はなさそうだ。
突然現れたケイたち三人やシュウを見ると、男性は何かを察したのか会釈してみせた。
歩み寄ると、シュウはベンチのそばで屈み、男性と目を合わせた。
「だいじょうぶですか?」
「ええ。すみませんね、ありがとうございます」
男性は苦笑を浮かべつつも、穏やかに答えた。
盗難事件のことも人々に浸透してきたのか、倒れていた男性を見つけると、周囲にいた人が介抱するとともに、すぐに政府に通報したらしい。目を覚ました男性が荷物を確認すると、やはり金品が盗まれていた。もっとも、彼はのんびり散歩をしていただけなので被害はほとんどないそうだが。犯人は見境なく襲っているのだろうか。
シュウは軽く頭を下げた。
「僕らの力が及ばずすみません。何か、犯人について覚えていることはありますか?」
「そんなとんでもない、私の不注意もあると思いますし。残念だけど、何も分からないんですよ……いい天気だしお気に入りの本を読んでいて、気が付いたらこのざまで」
シュウの遜った態度に、男性は首を横に振ると、恐縮しきった様子で言う。
「そうですか……ひとまず、念のため病院へ行ってください。政府の者から話を通しておきます」
「ええ、わかりました」
男性は安心したように破顔する。それを確認し立ち上がったシュウに、待ち構えていたらしい周囲の人たちが詰め寄った。
「犯人はまだ見つからないの? こんなことばかり起こったら怖いわ」
「あの人、さっきまで普通に座っていたのに、気付いたら荷物をぶちまけて倒れていたんだ。周りに人だってたくさんいたのに、どうしてこんなことが起こるんだ」
険しい顔をした子連れの夫婦が早口でまくしたてる。幼い子供を連れて公園に来ていたところにこのような事件が起こり、不安の色を露わにしている。
シュウは内心舌打ちをしながらも、低い声で静かに返す。
「現在調査中です。引き続き、一人での行動を避けるようにしてください」
夫婦だけでなく、現場に居合わせたらしい人々は一様に不審感を滲ませた表情を貼りつけていた。
彼らはまだ何か言いたげだったが、やがて踵を返すとその場を立ち去る。彼らの後姿を見送ることなく目を逸らしたシュウは、今度は怪訝な顔をしているハルトと目が合った。
「シュウさん、話聞いたりしないの?」
「ここにいました、けれど犯人は見ていないので分かりません。あの様子だと、彼らからこれ以上の情報は出てこないだろう。ならば時間の無駄だ」
ハルトを一蹴すると、シュウは携帯電話を取り出して電話をかけ始めた。ものの数分で政府の関係者らしい男女が公園にやってくると、被害者の男性を預けた。
シュウはぐるりと公園を見渡す。
この騒ぎで立ち去っていった人がほとんどで、今は閑散としているが、広くて遊具が多く、子連れだけでなくとも人が集まる場所なのだそうだ。
ハルトの時もそうだが、被害者の男性は一人で行動していただけで、この場所に一人でいたわけではないのだ。目撃情報がないのはおかしい。
事件が起こったのは今しがただ。何かの能力が発現していたとすれば。
ハルトの精霊石が輝く。
光が収束して、その手に一振りの剣を具現化すると、彼は顔の前でそれを構えた。
「もしかしたら、まだ近くにいるかもしれないね」
意識を集中させ、辺りを探る。ハルトの髪や服がわずかに広がった。
反対にケイとナオは極力発動を抑え、体勢を整えるのみにとどめている。三人の中で最も気配を探る能力に優れているのはハルトだ。
「ああ。下手に逃げても目立つだけだからな。よほど逃げ足が速いなら、あるいは」
シュウは懐から何かを取り出す。
それは掌に乗るくらいの小さな機械のようだった。ナオの手鏡に似た二つ折りの丸い形をしていて、開けると上の方には何かの画面が、下の方には中心に青い飾り石がはめ込まれており、その周囲にいくつかのボタンがある。
シュウはひとつのボタンを押す。電源が入ったらしいそれは、画面に横線が表示された。青い飾り石はわずかに光を帯びている。
ふと、妙な魔力の気配が機械の周りに漂いはじめる。三人は辺りを警戒しつつも、シュウの手元を怪訝そうに覗き込んだ。
「政府の手からは逃れられない。すぐに炙り出されるだろう。すでに『奴ら』の傘下にあるなら別だがな」
シュウは低い声でそう零す。直後、彼はケイたちそれぞれに目をやる。
「全員一旦発動を解け。機材を使って周囲に魔力の波動がないか確認する」
「え、ああ……」
事もなげに言ってのけるシュウに、ケイは反応が遅れたが頷いてみせる。
「シュウさん、何なのそれ」
ハルトは剣を持ったまま、心底訝しげな目をシュウに向けている。
「政府の開発したものだ。範囲はあまり広くないが、ある程度ならば指定した属性の魔力を探ることができる。より精密にするため、他の魔力を感知するのを避けたいから早く発動を解いてくれないか」
「へぇ、政府ってすごいんだね」
棒読みでそう返すと、ハルトはようやく首肯し発動を解く。剣は跡形もなく消え去った。それを確認すると、シュウは再び手元の機械へ目を落とす。ボタンの上でシュウの指が数回踊ると、しばらくして高い電子音が響いた。
その音に、三人は同時にシュウの方を見る。何かを見つけたのだろうか。
「……これは」
画面を見つめ、シュウは奇異そうに顔を歪める。
「どういうことだ。この辺り全体に、ごく微細な魔力を検知している……?」
「え……?」
瞬間、ハルトは反射的に再び発動をする。
かなり発動を強めたところで、ふわふわと霧のように漂う気配を感知する。しかし、その時にはもう遅かった。
微かな甘い香りが、辺りを包み込んでいた。




