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5-8 大切なもの


「そんなに大事なものを盗られたのか?」


 二人のやりとりを遮るように言ったのはシュウだった。


「ああ。大切にしてるピアスを盗られた」


 表情をすっと引き締めると、ハルトは首肯する。その手は無意識に何もない左の耳たぶに添えられていた。

 まるで犯人を見るかのように、鋭くシュウを見据えると、ハルトは低い声で言った。


「金なんてくれてやる。だけど、あれだけは絶対に渡さない」


 しばらくの間、シュウはじっとハルトから目を離さずにいた。瞬きもしない少年の目の奥に映る自分の表情に気付くと、シュウは机に手をついて立ち上がった。


「……頼もしいことだ。他に思い出したことがあれば何でもいい、メールで箇条書きにしてこのアドレスに送ってくれ。電話だと出られない場合があるから」


 シュウは自身の携帯電話を取り出すと、片手で手早くスワイプする。

 直後、三人の携帯電話がメールの受信を告げた。シュウが送ったようだ。

 件名も本文もないメールを確認すると、ハルトは早々に立ち去ろうとしていたシュウの背中に問いかけた。


「ところでシュウさん。ひとつ気になったんだけど、こんな不安定なオレのところに迷いなく飛んで来てくれたのはどうして?」

「どういう意味だ」


 シュウは足を止めると、肩越しに振り返る。その横顔はやや強張り、どこか警戒心が滲んでいるように見えた。

 畳みかけるようにして、ハルトは続ける。


「さっき聞かれたことなんて、別に事務員の人を通したっていいことでしょ。それならひょっとしてもう少し何か別の情報を掴んでいたりするのかなと思って」

「…………」


 シュウは沈黙を返す。

 ただ迷って、沼の上を歩くかのように足掻いていた少年の声音が、刃物のように鋭利な響きを取り戻した気がしたのだ。まるで彼の能力で作り出した(得物)のように。

 シュウは身体をひねると、再びハルトに向き直る。品定めするかのようにハルトをじっと見るが、やがて諦めたかのように嘆息した。


「なるほど、ただ冷静さを欠いて突っ込んでいきそうな子供だと思っていたが、そうではなさそうだな」


 シュウが渇いた足音をあげながら、ハルトに歩み寄る。身長差のある彼の顔を、ハルトはきゅっと眉を吊り上げながら見上げる。


「その様子じゃ、お前ももう考えていることだろう。おそらく犯人もスピリストだ」

「スピリスト……! じゃ、また『裏切り者(クロ)』なのか……?」

「……いや、そうとは限らない」


 シュウは静かに首を横に振る。それに怪訝な顔をしてみせたのはハルトだ。


「え? 『裏切り者(クロ)』でないスピリストなら監視されてるし、すぐに捕まるでしょ? あんたがオレらの情報を先に手に入れていたみたいに」

「……ああ。普通はそうだがな」


 シュウは小さく舌打ちをして答える。これまでで一番、嫌なことを聞かれたかのような渋面だった。

 だが、現実問題その犯人が捕まっていないのだ。確かに考えてみれば愚問であると、ハルトは腕を組んだ。それを超える何かがあるから、今こうやって調査しているのだ。


「僕の任務は、犯人を捕まえてそれを確かめることだ。だから何か手がかりがあるならなるべく自分で確認するようにしている。それだけのことだ」

「スピリストが犯人だとしても、能力は? 記憶を操作できる能力なんてあるの?」

「それも今から確かめるべきことだ。特殊属性の能力なのは間違いないだろうが」


 ハルトの矢継ぎ早な質問に眉をひそめるも、シュウはちらりと机の上に目をやる。その視線の先にあったのは、たくさんの紙の束になっている事件の資料だ。


「同様の手口の犯行が、周囲の町も含めるとここ一週間ほどの間に多発している。お前を襲ってからそう時間が経っていない今、まだこの町にいる可能性は十分にある。何せ、この町は人が多い。下手な田舎よりもよほどやりやすいだろうからな」


 ハルトに合わせて、ケイとナオも頷く。

 木を隠すなら森の中というわけだ。逃げるにしても、人込みに紛れるほうが逃げやすいのは明白だ。

 今一度決意を固めたような表情をした三人を尻目に、シュウは再び踵を返して立ち去ろうとする。


「この任務の責任者は僕だ。情報提供感謝するが、犯人は僕が追う」

「待って、オレも……」

「と、言うつもりだったんだが。お前、少しずつだが事件のことを思い出しつつあるんだな」


 慌てて後を追おうとしたハルトに、シュウは足を止めると背を向けたまま言う。


「う、うん……そうみたいだね」

「なるほど。単独行動の男を狙う犯人。普通の人間であるこれまでの被害者たちと違って、スピリストのお前が相手ならもしかすると、記憶の操作も不十分だったのかもしれないな」


 シュウは小さく肩を竦めると、納得したように唸る。

 シュウは振り返ると、片手をのばした姿勢のまま固まるハルトに手招きをしてみせた。


「来い。事件の前後の周囲の防犯カメラの映像を確認する。お前の行動を振り返ったら、他にも何か思い出すかもしれない」

「あ、ああ!」


 答えると、ハルトは小走りでシュウの後を追う。

 その時、シュウの傍に控えていた事務員が携帯電話を片手に、よく通る声をあげた。


「シュウさん、たった今また盗難事件が発生したと連絡が」

「なんだってっ」


 シュウが反応するより早く、ハルトが身を乗り出す。事務員はやや顔をしかめつつ、シュウに手早く情報を伝えている。

 ハルトはシュウの正面にまわると、携帯電話を確認していたシュウを見上げた。


「シュウさん、オレも行くからね」

「好きにしろ」


 吐き捨てるようにして言ったシュウに続き、三人は一斉に床を蹴って建物の外へと駆けて行った。




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