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5-7 曇り空と太陽

「な、なんでお前たちがここに……」


 青年はぼそぼそと何かを言った。だが、声が小さくて三人の耳には届かない。ナオは申し訳なさそうに口を開いた。


「うえ? すみません、聞き取れなかったんですけど何か言われましたか?」

「いやすまない、何でもない」


 青年はやや焦りを滲ませた様子で首を振る。こほんと咳払いをひとつすると眉を吊り上げた。

 彼は先ほどまで事務員が座っていた席に腰かけると、三人と向かい合った。背筋を伸ばし、机の上で両手を組むと、真っ直ぐにケイたちを見据える。

 彼の黄色い精霊石が、窓から差し込む日光のようにきらりと輝いて見えた。この色は確か『雷』だろうか。色だけでは判断がつかないが、以前の任務で会った能力者はこんな色だったように思う。もっとも、その能力者は女性だったが。


「僕はシュウという。この連続盗難事件の任務を担当しているスピリストだ。周囲の町で起こったことも含めて、事件の全体を調査している立場になる。この町での調査任務、よろしく頼む」

「はい、よろしくお願いします」


 シュウと名乗った青年に、ナオが高い声で答えて会釈する。

 彼に倣って名乗ろうとしたナオを、シュウは必要はないと制止する。事務員から電話連絡を受けた際、メールで三人の情報も得ていたとのことだった。さすがは政府、抜かりのないことである。


「それで、早速聞かせてもらおう。犯人と接触したかもしれないというのは」


 ハルトが手を挙げる。シュウはハルトの方へ身体を向けると、睨み合うように視線が交錯する。シュウの一重瞼がより彼の表情を鋭利なものにしているように見えて、ナオは小さく喉を鳴らした。

 シュウはゆっくりと口を開いた。


「少しでもいい。犯人の姿は覚えているか」

「いや」


 ハルトは悔しそうにしながらも即答する。シュウはやや顔をしかめた。


「はっきりしていなくてもかまわない。男か女かは思い出せないか」

「……いや。けどなにか……そんなに大柄な奴とは会わなかった気がする……あれ? オレ……」


 ハルトの返答が、だんだん歯切れが悪くなってくる。それにハルト自身が戸惑いを見せ始めた。

 数呼吸分の間、そんなハルトを観察していたシュウだったが、やがてまた何事もなかったかのように目を逸らした。


「そうか。目撃者の確認は?」

「園のスタッフや、できる限りの聞き込み等で情報収集中ですが、有力な情報はまだありません」


 答えたのは事務員の女性だった。いつの間にかシュウの傍らに控えており、質問を待っていたかのようにすらすらと答える。

 シュウが答えるより早く、ハルトが弾かれたように彼女の方を見て言う。


「そうだ、カメラ! 遊園地なら防犯カメラとかくらいあるでしょ?」

「確認しましたが、あなたが倒れていた時刻、現場付近のカメラは壊されていました」


 事務員はやや辟易した様子で即答する。ハルトは心中で舌打ちした。確かに、ハルトが考えつくことくらい、抜かりのない政府が調べていないはずがないのだ。

 だが、彼女の返答で気になるのは別のところだった。


「カメラが壊されていた、って?」

「ああ。他の事件でも同じだったな。犯人はカメラの死角を狙うか、前もって壊しておくかで徹底している。証拠は残さないように動いているらしいな」


 シュウが頷く。するとすぐさま事務員が動いた。


「失礼します」

「あ、はい」


 ケイの前にあったパソコンを自分の方へ向けると、事務員は手早くマウスを操作する。


「園のカメラがこちらです。実物は警察(ポリス)に預けていますので」


 画面に写真が表示された状態で、再びケイたちの方にパソコンを向けなおす。

 写真の中の防犯カメラは、見るも無残な状態だった。


「な、なんだこれ……」


 ケイは息を呑む。小型のカメラだったが、レンズの中央を貫通するように空洞になっており、かろうじて原型が分かる程度だ。

 ハルトは写真を拡大してみる。カメラの空洞は一直線で、いっそ綺麗に削り取られていた。


「これ、まるで何かに撃ち抜かれたみたいな……?」


 そう呟くハルトに、事務員は首肯してみせる。


「そのようですが、銃弾らしいものはどこにも残されておらず、詳細は不明です」

「銃……?」


 突如、強烈な頭痛がして、ハルトは唸る。

 自分の声が、頭の中に何度も反響するかのようで気持ち悪い。

 無意識のうちに、ハルトは己の右手を見る。マウスを離すと、掌を上に向けた。


 ――何か、この手に持っていなかっただろうか。


 何故そう思ったのか、ハルト自身にもわからなかった。自分の知らない何かが心の中に渦巻いているようで、恐怖すら感じる。だが、逃げるわけにはいかない。

 手を何度か開いたり閉じたりする。

 そのとき、額に何か冷たいものが押し当てられたような感覚が蘇った。


「……銃、だ」


 掠れた声が、口から滑り出す。それに自分でも驚きながら、ハルトは心臓の鼓動が早くなるのを感じる。


「そう、銃だ、確か犯人は銃を持っていたっ」


 立ち上がったハルトに目を向けると、シュウは片手を口に当てて考える仕草を見せた。


「少し思い出せたということか?」

「あ、ああ。ほんのちょっとだけど。気絶する直前、ここに銃口を当てられた……それに、持ってた手が……たぶん女だった気がする」


 ハルトは頷くと、また頭を抱えた。

 目を閉じれば、何かが脳裏に映し出されそうだ。だが、思い出そうと足掻くほど、頭痛が強くなる。

 歯を食いしばるが、足元がふらついている。ナオは慌てて彼を支えると、肩を押さえて椅子に座らせた。

 立ったままのナオの心配そうな顔に見下ろされ、ハルトは苦笑を返した。


「無理しないで、ハルト! キミが辛そうなのはやだよ……」

「ありがと。でも、いいんだ」


 ハルトはナオの手を掴んで肩から離すと、彼女も座るように促す。

 すとんと椅子に腰かけたナオに、ハルトは笑顔を向けた。


「これで一秒でも早く犯人にたどり着けるなら、いくらでも」

「ハルト……」


 眩い太陽のような笑顔も、今は雲間に隠れているように見える。

 ナオは下唇を噛んで俯いた。

 気の利いた言葉なんて、浮かばない。それがひどく口惜しい。



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