5-6 情報収集と共通事項
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この『カリス』の町の政府支部は、ビジネス街の一角にあった。高層ビルがいくつも立ち並び、圧迫感を感じる。
たくさんの大人が行き来するのをすり抜けて、ひときわ高さのある建物にたどり着く。
出迎えてくれた事務員に任務の詳細を教えてほしいと告げると、奥の席に通される。横に並ぶケイたち三人と向き合う形で席につくと、事務員はいくつか資料を取り出して机に並べた。
「まず、この連続盗難事件は、この町では二日ほど前から日に数件ずつ起こっています。発生場所に法則性はありません。被害は主に金品の盗難です」
ハルトは資料を受け取ると、中を確認する。
被害者と思われる男性の写真や、日時、場所等の記録が細かく記されている。記録は全部で四件あったが、被害者側の情報ばかりで、犯人のことは何一つ書かれていない。
ハルトが質問するより早く、事務員は話を続ける。
「犯人が狙うのは、個人商店や一人で行動している男性です。これまで女性が被害に遭ったことはありません。ただ、被害者は皆口を揃えて、犯人の姿は覚えていないと言っています」
「覚えていない? ってことは、犯人とは接触しているのか」
「それも覚えていないと。ただ、被害者は身体的に危害こそ加えられてはいませんが皆意識を失っており、被害に遭う前後の記憶をなくした状態で発見されています」
被害者たちは念のため検査を受けたが、一様に記憶が飛んでいること以外は特に異常はなく、健康状態も問題はないという。だが、彼らが同一の犯人によって『何か』をされたのは間違いがなさそうだ。
盗難事件と言うわりに、警察ではなく政府が動いているということについてやや疑問を持っていた三人だったが、事務員の話を聞いて納得した。
これは、少なくとも一般人だけの仕業ではない。
ハルトは資料を持つ手に力を込める。
「……間違いない、オレの時と同じだ」
憎々しげに独り言ちるハルトに、事務員が顔色を変えた。
「被害に遭われたのですか?」
「ああ、たぶん……」
肝を煎った様子でハルトは頷く。指先が忙しく動いて落ち着きがない。
「犯人はオレが必ず捕まえる。だから頼む、情報があるだけ教えてほしいんだ」
「申し訳ありませんが少しお待ちください。今現在対応に当たっている者に連絡を取りますので」
ハルトに答えることはなく、事務員は席を立つ。苛立ちながら彼女を目で追うと、どこかに電話をかけはじめた。
ものの数分で事務員は戻ってきた。彼女は何かを大事そうに抱えている。見ると、先に手渡された資料と同じような紙の束と、ノートパソコンのようだ。
「担当の者より伝言です。詳しい話が聞きたい。すぐに戻るからそこで待つように、と。資料は用意しましたので、それまで自由に見て頂いて構いません」
今度は席につこうとせず、彼女は淡々と告げた。手にしていた物を机に置くとそのまま踵を返した。
ハルトは資料と事務員の後姿を交互に見やる。今にも浮きそうなお尻を椅子に戻すと、新たに渡された資料に手をのばした。
「オレ早く犯人探しに行きたいんだけどな……」
「焦っちゃだめだよ、ハルト」
「わかってるよ」
ハルトの横顔を見つめて、ナオはしょぼんと眉を下げる。いくぶん落ち着いたようだが、まだいつもの彼の冷静さには程遠い。
ケイは二人を一瞥すると、黙ってノートパソコンに手をのばす。開いてみるとすでに立ち上がった状態で、ひとつのフォルダーが表示されていた。
フォルダーの中には、いくつかの写真のデータが入っていた。
「この写真、被害にあったって言う店か」
右端に座っていたケイの方へ、ハルトとナオが身を寄せる。三人でパソコンを見ながら、ざっと写真を確認していく。
商店街の中らしい、小ぢんまりした店の写真。貴金属を扱う店だろうか。紙の資料を併せて確認すると、宝石や天然石、アクセサリーを扱う店らしい。ショーケースは傷一つなく、中身だけがからっぽになっている。店主は中年の男性で、一人で店にいたそうだ。
路地裏らしい薄暗い場所の写真。いかにも犯行が行われそうな場所である。ここで二十代の男性が倒れており、金目のものを盗まれていたらしい。
町はずれの図書館らしい場所の写真。ここでも同様に、いつの間にか二十代の男性が一人倒れていたそうだ。それなりに人の目があったにもかかわらず、彼はいつの間にかそこで意識を失っていたらしい。
最後は露店の店主の男性だった。店じまいをしようとした黄昏時、気が付いたら商品と売上がごっそりとなくなっていたらしい。
フォルダー内の写真はこれで全部だった。マウスを止めると、ケイは眉根を寄せる。
「日時も場所もバラバラだな。共通するのはやっぱり、被害者が男ってことか……」
「みたいだね。ケイ、他になんかある? 探してみようぜ」
「おう」
身を乗り出したハルトに、ケイは頷いて再びマウスを動かす。
フォルダーを閉じると、他のデータを探そうと試みる。だが、それよりも早く建物の自動扉が開き、一人の青年が建物の中へ入ってきた。
青年の姿を見るや否や、事務員は足早に駆け寄って彼を促す。
「お待ちしていました、こちらです」
青年は事務員に示された方へと身体を向けると、コツコツと床を叩きながらケイたち三人の方へと歩み寄ってくる。
中肉中背。歳は二十歳前後といったところだろうか。派手さはないが清潔感のある髪型と服装は、都会に出てきた地方出身の若い男性という感じだ。
一重瞼に、白い肌にはそばかすが目立つ。左手首には黄色い精霊石があった。
どこか素朴な顔立ちをした青年は、なぜかケイたちの顔を見るなり顔を引き攣らせた。




