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5-4 あたしが欲しいもの


 タッチパネルで料金を払うと、高い電子音が響く。促されるまま難易度とステージを選択すると、また電子音が鳴り、機械から何かが出てきた。視界を覆うゴーグルのようだ。

 ハルトは作り物の拳銃を手に取る。片手でゴーグルを装着しようと頭からかぶるが、ベルトが左耳のピアスに引っかかる。


「いてっ」


 金色のクロスのピアスに耳たぶを引っ張られ、ハルトは思わず声をあげた。一旦拳銃を置いて、慎重にゴーグルのベルトを外すと、今度こそ頭にしっかり固定する。

 ゴーグルの中の視界は、全ての角度から臨場感のある別世界を映し出す。

 もちろんただの映像なのだが、思わず先日の『幻覚』を操る精霊の結界を思い出し、背筋が冷えた。だが、すぐに気を取り直して集中する。

 選んだのは森林のステージ。難易度はひとまず最高に設定している。

 暗い森の中を表現した映像の中で、何かよくわからないモンスターのような敵が現れた。蛍光色のうねうねしたもの。せめて輪郭くらいはしっかり描いてほしいものだが、ひとまず敵なので撃退だ。

 人差指に力を込め、作り物の銃を発砲するべく引き金を引く。銃弾はもちろん出ないが、代わりに映像の中で鋭い音と光のエフェクトが弾けて、モンスターは飛び散った。


 一通り見て回り、満足したらしいハルトはゲームコーナーを後にする。


「あの銃ゲーム、思ったよりも簡単だったなぁ。でもコレどうしよう」


 手にしていたうさぎのぬいぐるみの耳を掴んで、顔の高さに持ち上げる。

 いざプレイし始めたら調子に乗ってしまい、数回目でハイスコアを叩きだすと景品がもらえた。景品と言っても、このテーマパークのキャラクターのぬいぐるみだったのだが、一番小さいものを選んでもかなり大きい。赤ん坊くらいの大きさはありそうだ。


「ナオにあげようかなぁ。うーん……」


 ナオは鈍すぎる恋愛感情以外は年相応の女の子らしいところがあるので、可愛いぬいぐるみを見て喜ぶのは間違いないだろう。だが、何せ各地を放浪しているこの身分。こんな大きなものを持って歩くのは非効率である。

 近くにいる子供にでもあげようか。ハルトが思案に暮れていると、ふと背後から声をかけられた。


「ねぇ、あなた!」

「ん?」


 女の声だった。足を止めて振り返ると、いつの間にか一人の少女が佇んでいる。

 かすかに甘い香りが漂ってくる。香水でもつけているのだろうか。

 少女はふわりと微笑むと、ハルトが持っていたぬいぐるみを指さした。


「それ、可愛いわね。さっきゲームで獲ったんでしょ? あのゲーム、すごく難しいのよ。それなのにいきなりすごいスコアを出しているからびっくりしちゃったわ」

「ありがと。ところで、何か用?」


 ハルトも笑ってそう返すと首を傾げる。

 やや警戒心を滲ませた口調だった。少女は心外と言わんばかりに肩をすくめる。


「あら、用事がなければ声をかけてはいけないなんて決まりがあるの?」

「そりゃ別にないけどね。連れ以外とあんまり話すことがないから、びっくりしただけだよ」


 答えると、そこでようやく、ハルトは少女の顔をまじまじと見つめる。

 艶のある声からもう少し上の年齢と思っていたが、思ったよりも幼い顔立ちだ。背はハルトより少し低いくらいで目線は変わらない。おそらく同じか少し上くらいの年頃だろう。

 目尻が少し上がった黒のアーモンドアイは、光を反射して生き生きとして見える。なかなかの美貌の持ち主だ。赤茶けた長い髪は長く、さらさらと風に遊んでいる。

 黒をベースにピンク色の模様が入った服で全身を統一し、ミニスカートからは細い足が覗いている。頭には服と揃いのデザインのテンガロンハットをかぶっており、遠目に見ても目を引きそうな少女だ。

 ハルトは無意識に少女の手首に目をやる。右手だけが短めの手袋で覆われていて、左手は素手だった。

 この暑いのになぜ、わざわざ手袋などしているのだろうか。

 不審に思ったハルトは一歩後ずさる。すると少女はすかさず顔を近づけてきた。

 鼻孔を擽る香りと同じように甘ったるい声で、少女は言う。


「あら、つれないわね。ねぇあなた、なんでこんなところに一人でいるの? 待ち合わせでもしているのかしら」

「そんなとこだね。連れが待ってるからオレはそろそろ行かないと。あ、ぬいぐるみが欲しいならあげるよ」


 早口に言うと、ハルトは少女に向かってぬいぐるみを突き出した。少女は目を瞬かせたが、すぐに怪しげに笑う。ぬいぐるみは受け取ろうとしない。


「へぇ、お友達がいるのね。でもあなたは今一人だわ。だったら、あたしにちょっとだけ付き合ってくれないかしら?」


 風もないのに、少女の服と髪がふわりと広がる。

 何かの気配を感じ取ると、ハルトは今度こそ後ずさって身構えようとする。だが、そこで異変に気付く。

 立ち尽くした姿勢のまま、身体が動かないのだ。

 噎せかえりそうなほど、辺りに漂う甘い香りが強くなる。顔を歪めたハルトに、少女が明らかな嘲笑を向ける。

 少女は持っていた小さな鞄から何かを取り出した。

 それを見て、ハルトは目を見開く。いつの間にか声すらも出なくなっていた。


「ぬいぐるみなんていらないわ。あたしが欲しいものは別にあるの」


 それは、掌に収まるほど小さな、黒い拳銃だった。

 無抵抗のまま、額に銃口を突きつけられる。だが、身体はやはり言うことを聞かない。無理に動かそうとすると、途端に強い眩暈のような感覚に襲われた。


「甘く、素敵な夢を見せてあげるから」


 ぼやける視界の中で、少女の唇が小さく動いた。それを見たのを最後に、ハルトは意識を失った。




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