5-2 カリス・ドリームランド
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カラフルな飾りやうさぎのようなキャラクターを模した人形がひしめき合う、にぎやかなエントランスをくぐり抜けると、煌びやかな衣装に身を包んだスタッフが一斉に出迎えてくれた。
「カリス・ドリームランドにようこそ! みんな、元気かな~!」
「げんき~っ!」
「は~い! おっきなお返事できましたね~っ」
周囲で走り回る幼い子供たちが笑顔で答える。スタッフのお兄さん、お姉さんは彼らの目線に合わせて屈み、笑顔で手を振って風船を配っていた。
さすがに風船を渡されるほど幼い年齢ではないケイたち三人は、それを眺めながら口を中途半端に開けて突っ立っていた。そんな彼らに気付くと、スタッフのお姉さんが華麗にウィンクを飛ばして近づいてくる。
「カリス・ドリームランドにようこそ! ここは大人も子供も楽しむためにある夢の国。しばしの間全てを忘れ、素敵な夢を見て、今日はめいっぱい楽しんでいってくださいねっ」
お姉さんは園内マップをケイに手渡すと、胸の前に手をやって優雅に一礼する。スパンコールがたくさんあしらわれた派手な服や帽子、ひらひらのスカートが、お姉さんの動きに合わせて光る。
「ほわぁあ……」
綺麗な所作に、ナオは思わず気の抜けた声をあげる。お姉さんは顔を上げてにっこり笑うと手を振り、また別の客の方へと向かって行った。
入り口ですでに夢の中へ飛び込んで行きそうな勢いのナオをよそに、ケイは大変そうな仕事だなぁ等と考えながらお姉さんを目で追う。
そんな彼の背後から、やけにカラフルな人影がひょっこりと現れた。
「やぁやぁお兄さーん、ようこ……」
「うわぁああっ!?」
ケイはこの世の終わりのような悲鳴を上げて文字通り飛び上がる。何せ、振り向くと視界いっぱいに珍妙なメイクを施した真っ白な顔が広がっていたのだ。不気味な原色だらけの衣装に身を包んだ人物に音もなく接近され、心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。
だが、驚いたのは相手も同じだったようだ。何かを言いかけていたようだが、白い手袋をした手を顔の横に掲げたままで動きを止めている。
追い打ちをかけるように、遅れて振り返ったナオが全身の毛を逆立てて悲鳴をあげた。
「ぴやああっ! おばけっ!? いやだ来ないでぇええっ」
「いやぼくおばけじゃないよっ!?」
もはや必死な男の声が、真っ赤な唇から漏れる。満面の笑顔を浮かべていた女の子が一転、今にも泣きそうな顔をして仰け反っているのだから、どうしようかと慌てふためいているらしい。頬に入れた真っ赤な涙型のメイクが切ない。
下手をすれば戦闘態勢を取りそうなナオを押しのけると、ハルトが助け舟を出す。
「おお、ピエロだ! すごい、ジャグリングとかできんのっ?」
「お、おおう! もちろん、ぼくにかかればお手の物だよー! ほぉらっ」
怪しい人物改め、ピエロは手に持っていた棍棒を三本、華麗に操ってみせる。
ハルトの背後に隠れていたナオは、彼の背中越しにそれを見て短い歓声を上げる。
明らかにほっとした様子のピエロはジャグリングをしながら後ずさり、近くにいたカップルに声をかけていた。
「ピエロ……?」
ナオはまだハルトの服を掴んで肩をいからせたままだった。ハルトは彼女の頭をぽんと撫でる。
「そうそう。本とかで見たことくらいあるだろ。こういうとことかサーカスとかにはいるじゃん」
「あんな気持ち悪いのいたって私うれしくないもん」
拗ねた様子で、ナオは言い捨てる。少し離れたところで、ピエロが棍棒を落っことした。
ナオは全くもってお気に召さなかったらしい。ピエロは声をかける人を選ばなければならないようだ。
苦笑いを浮かべると、ハルトはナオの手を服から外して彼女の身体を離した。
「くっつくならケイにしときなよ。きっと喜ぶからさ」
「ふえ? ハルトはだめなの?」
ナオはハルトに拒絶されたと思ったのか、どこか悲しそうな顔をしている。
ハルトの口から乾いた笑いが漏れた。ストレートに言ったところで、全く意図が伝わっていないようだ。
「ほら、入り口でうろうろしてないでさっさと行こうぜ、時間がもったいないじゃん」
仕方なく、ハルトは優しく笑ってナオを促す。彼女はようやく笑顔に戻ると、ひとつ頷いた。
「そだね! ねぇケイ、何から乗ろうかな? 何か面白そうなのある?」
ナオはそのままケイのところへ駆け寄ると、彼が持っていたマップを覗き込む。二人でアトラクションの位置関係等を確認して、作戦会議に入ったようだ。
普段よりもさらに幼く見えるナオの横顔に、ハルトはほっとして肩をすくめた。
そうしているうちに、今度はナオの背丈よりも高いうさぎの着ぐるみが二体近づいて来る。
片方は蝶ネクタイを首につけた男の子らしい。もう片方はお花を耳につけて睫毛が生えた女の子のようで、寄り添いながら客に手を振っている。どちらも真っ白でふわふわして、思わず触りたくなる。
このテーマパークのマスコットキャラクターのようなものだろうか。そこかしこに人形やぬいぐるみが飾られていた。
ナオに気付くと、着ぐるみたちが彼女に向かって手を振る。
「わぁっ! 見て見て、仲良しなうさぎさんがいるよっ」
「お前一桁の歳の子供かよ……はしゃぎすぎだって……」
「いいの! 楽しいことは全力で楽しまないとだめだよ、ケイっ」
ナオは今にも着ぐるみたちに突進して行きそうな喜びようだった。輝かんばかりの笑顔でケイの方を振り向くと、彼女は不意にケイの手をとる。
「え、おいちょっとナオ……」
「こうしたらはぐれないでしょ? いくよケイ、まずはあれ乗ろうっ。ハルトも行こうよっ」
ナオが小さな手をケイの腕に絡ませて引っ張った。
満面の笑みが花咲くとともに、腕にナオの体温が広がる。彼女は空いた手でメリーゴーラウンドを指さしていたのだが、ケイにはそれを気にする余裕はなく、されるがままだった。




