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5-1 都会の中の夢

***


 色とりどりの店が立ち並ぶ光景は、さながらたくさんの鮮やかな絵の具をこぼしたよう。


「うわぁ! すごーい!」


 煌びやかでにぎやかな町並みを見て、ナオは駆け出さずにはいられなかった。

 彼女の足の裏にはバネでもついているのだろうか。驚くほどの跳躍力を発揮して、行き交う人を器用に避けつつ飛び回る。

 当然ながら、通行人の邪魔でしかない。ケイは慌てて彼女を諫める。


「おいナオ、あんまりはしゃぐなよ」

「えへへ! だって私ここ一度来てみたかったんだもん! 『カリス』の町、すごい都会だから! 美味しいものもたくさんあるって聞いたよっ」


 ナオはくるりと一回転すると、輝かんばかりの笑顔を向けた。

 田舎者丸出しの発言だが、ここまで行くと清々しいらしく、道行く人も笑顔を向けていたりする。観光客には慣れているらしい。

 可愛らしい笑顔に少しの間反応が遅れたケイだったが、ぷるぷると首を振ると彼女に近づく。


「そりゃ俺も分かるけど、頼むからもうちょい落ち着けよ、はぐれるし周りの迷惑だ」


 ようやくナオの腕を掴むと、ケイは彼女に半眼を向けた。


「一応言っておくが、この町には今日一泊するだけだぞ。任務もないし、目立った行動は控えるべきだ。思わず火柱上げちゃいましたとかお前絶対やめろよ」


 疑いの眼差しである。だが、浮かれているナオには通じない。


「うん、わかってるよ! せっかく任務がないなら色々見て回りたいねっ」

「大丈夫かよ……」


 激しく不安である。

 ケイはげんなりと肩を落とした。追い打ちをかけるように、今度は別方向から弾んだ声が飛んでくる。


「まぁまぁ。いいじゃん観光、オレもさんせーいっ」

「おいこらてめぇハルト」


 ケイは振り返ると、ハルトを思い切り睨みつける。ハルトは心外と言わんばかりに唇を尖らせた。


「ひどっ! ナオには優しく言っといてオレにはそんな怖い顔向けるなんて差別だ! ケイくんひどいっ。ううっ……!」


 そのまま顔を覆うと、わざとらしく背中をふるわせてみるハルトである。もちろん、本気で嘆いているようには全くもって見えない。

 ケイの冷たい視線を感じたのか、ハルトは何事もなかったかのように背筋を伸ばすと、ポケットから携帯電話を取り出していそいそといじりはじめた。


「この町は人口多いし、大きな店とかもたくさんあるらしいぜ。遊ぶところも多いみたい、例えばそだね……」


 もはや遊ぶことが前提である。

 いや、遊ぶのは別にいいのだが、二人が異様に高揚しているのが心配なのである。こうなるといつも全く周りが見えなくなるのだ。

 だんだん頭痛がしてきたケイの鼓膜に、ナオの甲高い声が叩き込まれる。


「ねぇ二人とも! あれあれっ」

「あ?」


 思わず片耳を塞ぎながらケイは振り返る。

 ハルトとともにナオの指さす方を見ると、思わず三人揃って歓声をあげた。


 巨大な歯車や車輪のようなものがいくつも重なったかのように複雑な骨組みに、等間隔にカラフルな乗り物がぶら下がるようにしてゆっくり回転している。

 巨大なビル群の影になってはいたものの、遠目に見てもかなり大きく、町中の景色にインパクトを与えていた。


「ほわー、あれって観覧車だよね、初めて見た! なんだろうあそこ」


 ハルトは携帯電話を手早くタップして検索を始める。


「ええっと、テーマパークだね。えっと名前は……『カリス・ドリームランド』だって、そのまんまだね。えっとなになに。『最高の立地! 都会の真ん中で大人も子供も楽しめる夢の国。さぁ、一緒に最高に楽しい夢を旅しよう』だって。観覧車の他にも『夢』をテーマにしてコースターとかパレードとか、色々あるみたいだよ」


 一通り読み上げると、ハルトは顔を上げる。すると、目の中にいくつもの星が輝いていそうな勢いのナオと目が合った。


「私行きたい、あそこで遊びたいっ! ねぇ二人とも行こうよ、ねぇねぇっ」


 ナオはケイとハルト、二人の間に飛び込んだ。それぞれの腕を組んで、彼らを促す。

 端から見れば小柄な女の子が少年二人にじゃれているという微笑ましいのか悩ましいのか良く分からない構図だったが、いかんせんナオの力は強いのだ。腕を下方に勢いよく引かれて舌を噛みそうになったケイだったが、ナオの上目遣いに負けてまた観覧車の方へと視線を向ける。


「テーマパークって、遊園地か……」


 ゆっくりと回る、七色の乗り物。赤、橙、黄色……とグラデーションを描く並びになっているらしいそれはゴンドラといって、円を描くように一周する。

 その中にはうっすらと人影が見えて、好奇心をかき立てられる。あんな高所から見る景色は、どれほど素敵だろう。

 三人は超がつく田舎育ちである。遊園地というものは情報として知っていても、実際に見るのは初めてだった。

 そうなると、導き出す答えは一つしかない。


「いーんじゃない? だって今は任務の指示はない。ならいつ行くの?」

「今すぐだよっ」

「おっけーい」

「いえーいっ」


 ハルトとナオは高らかに拳を掲げると、二人同時にコンクリートを蹴る。

 あっという間に小さくなっていく二人の姿に、ケイは慌てて後を追う。足が速い二人はもはや飛び出した銃弾のように戻ってこなさそうだ。


「あ、ちょっと待てよおい! はぐれるから先に行くなよっ」


 見失わないよう、ケイは人にぶつからないように気を付けつつ必死で走る。油断も隙も無い仲間と一緒にいると、嫌でも足腰が鍛えられそうである。


 大通りにはたくさんの店がひしめき合っている。ここはこの町の商店街でもあるらしい。

 ナオの声は人一倍甲高いし、ハルトの金髪や黄色の服、大きなピアスもよく目立つし、ケイはケイで声が大きい。

 騒ぐだけ騒いで突風のようにに駆け出した彼らの姿を、何事かと顔を出す商店街の大人たちも少なくなかった。

 その背中に向けられていたものの中に、ほんの少しだけ疑惑の目が混じっていたのだが、すっかり浮かれていた彼らが気付くことはなかった。



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