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1-9 子供だけの楽園


 彼らは忙しなく宙を旋回している。その軌跡に沿って描かれる青い線が淡く輝いているように見え、暗闇とのコントラストがいっそ美しかった。彼らの表情は楽しげで子供らしく、見た目相応に無邪気なものだった。

 ケイは彼らを睨みつけるようにして目を離さない。彼らはようやくケイを視認したかのように動きを止める。しばらく無言で対峙していたが、幼い笑顔を貼りつけたまま、彼らは小さな口を動かした。


「——人間?」

「にんげんだ」

「ニンゲン、キライ」


 三体それぞれがほぼ同時にそう言った。表情や笑い声と違って、その声には不気味なほど感情がない。まるで機械が話しているかのようだ。


「ニンゲン、キライ」

「どうして?」

「僕らのことを嫌いだから」


 また三体がそれぞれ口を開く。会話が成立しているように思えないのは、彼らはお互いではなくケイとハルトを見ているからだ。

 青い目と視線が絡み、ケイは姿勢を低くして身構えた。


「こいつらがこの森の精霊か」

「そうみたいだね。さてどうしようか」


 ケイの隣でハルトが頷く。二人のそれぞれの手首にある石が光を強めた。

 ”発動”がさらに強まる。

 彼らの纏う空気が急に冷えたことに気付いたのか、精霊たちのうちの一人がゆっくりと近づいてきた。

 ケイたちと視線を合わせられる高さまで降りてくると、彼は首を傾けた。殺気は感じないが、その顔からは笑顔が消えている。


「”霊力”を持っているの?」


 青い唇が動いて、精霊はそう呟く。まるで品定めするかのように、ケイとハルトを交互に見つめている。

 すると彼の後ろで残りの精霊たちがまた口々に言い始める。


「おなじちからだ。ぼくたちと」

「セイレイ? ナカマ?」

「にんげんだ。でもちがう、あのこたちとはちがう」

「人間だ。——”スピリスト”だ」


 そう言った直後、精霊たちは突如として舞い上がった。その動きに合わせるかのように突風が巻き起こる。

 上に向かって吹く風に、地面にあった大量の落ち葉が巻き込まれて視界を塞ぐ。ケイが思わずそれに怯んだ隙に、精霊たちは飛び去って行った。


「待て!」


 ケイとハルトはすぐに彼らを追って駆け出した。とてつもないスピードで飛ぶ精霊たちを見失わないよう、()()()()()()

 生い茂る木々が直線移動を妨げるが、器用に合間を縫いながら走る。

 しばらくするとわずかに開け放たれた場所に出た。そこにたどり着くや否や、精霊たちはさらに急上昇して上空で旋回した。

 精霊たちの気配がいっそう強くなる。霊力がさらに濃く、渦を巻いていた。

 その中心にいたのは青い影ではなく、一人の小柄な子供だった。彼の後ろ姿を見て、ケイは瞠目した。


「シルキ!」


 ケイが声を張り上げて彼の名を呼んだ。シルキはびくりと肩を大きく震わせ、勢いよく振り返る。


「——何で来やがった!」


 そのもの凄い剣幕に、ケイは駆け寄ろうとした足を止める。一歩遅れて追いついてきたハルトは目を瞬かせた。


「あれ? なんであいつが……」


 シルキを見て、ハルトは思わず息を呑む。

 シルキの背後には何十体もの青い影、精霊たちが縦横無尽に飛び回っていたのだ。暗い緑色の森の中が淡い青色に染まりそうだ。

 精霊たちに襲われそうになっているわけではないようだった。むしろ彼を守るかのように、青い影が彼に寄り添おうとしているかのようだ。

 精霊たちは一様に同じ年頃の子供の姿をしている。ケイたちよりは歳下、シルキと同じくらいだ。

 精霊たちは高い声で笑っている。とても楽しげだ。まるで同じ年頃の子供たちが無邪気に遊んでいるかのように。


「おい、シルキ……」

「寄るな!」


 呼びかけようとしたケイを遮ると、シルキは鋭い声で一喝する。細い両腕を広げ、精霊たちを隠すようにケイとハルトの前に立ちはだかった。


「余所者が……異能者がオレたちに関わるな! 今すぐここから出ていけ!」

「そういうわけにはいかないんだよねぇ」


 シルキは精一杯の威嚇をしようとしている。しかしハルトは軽い、冷めた口調で返した。


「オレらこそお前の相手をしてる場合じゃないんだ。そこをどけ、危ないから」

「なんだと……っ!」


 吠えるシルキに向かい、ハルトは怯むことなく近づく。ざり、ざりと地面を踏みしめる音が響くたび、シルキはたじろいだ。それでも彼は、ハルトから目を逸らそうとはしなかった。

 そんなシルキの横を、ハルトは押し退ける形で通り過ぎた。


「よう。お前らはどうしたいんだ?」


 ハルトは上を向いて口を開く。その視線の先にいたのは精霊たちだ。


「……っ! おいっ!」


 シルキは目を吊り上げ、ハルトの腕を掴んだ。ハルトは彼の方を見ようとはせずに腕を動かし、彼を簡単に振り払う。


「わっ!」


 シルキは地面を転がって尻餅をついた。地面にへたり込んだまま呆然とハルトを見上げる。ハルトの腕の力が異様に強かったからだ。

 押し黙ったシルキを一度横目で見やると、ハルトは再び上を向く。

 飛び回る精霊たちのうちの数体が動きを止める。彼らはじっとハルトを見つめた。


「で、なんで町の子供をこの森に連れてきたの?」


 ハルトの明るい茶色の目が不敵に細められる。


「他の子供はどこにいる? シルキとは仲良いみたいだけど」

「……あそ、ぼう?」


 少女らしき姿の精霊が一体、にこりと笑って両手を広げた。まるで歓迎を示すかのようだ。


「にんげん。またきてくれたの?」

「きょうはなにしてあそぶ? かくれんぼ? おにごっこ?」

「キョウはナニをはなソウ?」

「このまえはたのしかった。とってもたのしかったよ」

「ぼくらとあそべるのはこどもだけ。なかまにいれてあげる」


 精霊たちは口々に言う。楽しげな笑い声が木々に反響し、辺りに広がっていく。

 言葉の通り、彼らの表情は友好的なものだった。少なくとも明らかな敵意はないようだ。


「……そっか」

 

 ハルトはそう呟くと、どこか安堵した表情を見せた。


「おいっ! 話聞けよ!」


 シルキが声を荒げ、再びハルトの腕を掴む。ハルトは今度はその手を振り払おうとはせず立ったままだった。身長の低いシルキをハルトが見下ろしたのと同時に、また精霊たちの声が空から降ってきた。


「ニンゲン、スピリスト」

「スピリスト。ぼくらとおなじ」


 青い影が三体、高度を下げてハルトとシルキに近付いてくる。皆顔も体格も似通っているので判断が付きにくいが、どうやらこの森に入って最初に出会った精霊たちらしい。彼らはじっとシルキを見つめると、にこりと笑いかけた。


「スピ、リスト……?」


 シルキが反復する。精霊たちとハルトを交互に見て狼狽える。


「スピリストとは精霊とは違う。精霊と戦える能力を持つ人間のことだ」


 シルキに向かってそう言ったのはケイだった。シルキはゆっくりとした動きで彼を見る。

 ケイはシルキに手首を見せる。そこにあるのは青い小さな石だ。普段はただの綺麗な飾りにしか見えないそれが今、強い輝きを放っている。


「この精霊石に与えられる能力は確かに精霊たちの持つ力である”霊力”によく似ている。だがスピリストが扱うのは霊力じゃなく”魔力”と呼ばれるものだ。そしてこの力は精霊と戦うために使うことを許されている」


 それだけ言って、ケイはシルキの近くに漂う三体の精霊たちを見る。彼らと目が合った途端、上空を自由に飛び回っている精霊たちはぴたりと動きを止め、一斉にケイの方を見た。


「ひっ……!」


 それは異様な光景だった。シルキは思わず悲鳴を漏らして後ずさる。

 見た目の年齢相応に無邪気だった精霊たちの顔は突如として人形のように固まり、楽しげな笑い声がぴたりと止んで静まり返った。


「——選べ」


 精霊たちを睨むケイの声だけが、暗く冷たい森の中にこだまする。


「子供を解放し、残りの時間を静かに過ごすか。それとも」


 ケイは右手を掲げて握りしめた。精霊石がさらに輝きを増して、風もないのに彼の髪と服がゆらゆらと揺れる。

 不気味な静寂の中、シルキは息を呑んで精霊たちを見守る。そんな彼の背後に、一体の精霊が音もなく降りてきた。


「残りの時間……? うわっ!?」


 シルキが精霊に気づくより早く、精霊は小さな手で彼の体を抱えて飛んだ。地面から足が離れた瞬間に思わず声を揚げたが、彼の表情に恐怖はなかった。

 シルキの前に立っていたハルトが目を見開いてそれを追うが、精霊とシルキが宙に浮かぶ方が早かった。ハルトの手が空を切る。

 しまったという顔で見上げているハルトを見下ろしながら、シルキは顔をしかめる。


「心配ねぇよ、オレたちはいつも一緒に遊んでたんだから! さっきもここへこうやって連れてきてくれて……」


 強い口調でそう言おうとして止まる。シルキは固まった表情でゆっくりと首を動かし、背後を見た。 

 シルキを抱えていたのは、ケイたちをこの場に誘った精霊だった。その顔が悲しげに歪められたのを見てか、シルキが口を開こうとしたそのときだった。


「キィィィイイ――ッ!!」


 精霊たちが一斉に甲高い咆哮をあげる。その双眸を吊り上げると、風を纏ってケイに向かい襲いかかった。



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