8.空
聖獣のソラも仲間に加わって、いよいよ移動しようということになったんだけど。
「風が気持ちいいですね」
「そ、そうですね‥‥‥」
うん。風は気持ちいいかもしれない。風はね。
「あ、あの向こうに見えてるのが、さっき言っていたオクルスの町ですか?」
「もう見えてるんですか?」
まさかこんなに早く着くなんて。
王都からは歩いてたら丸1日かかる。出発してからまだ一時間も経ってないはずなのに。
体感的には1日だけど。
「ええ。ほら、あそこです」
「‥‥‥」
あそこって言われましても。
「‥‥‥ルイさん?」
僕は冷や汗で湿った手で、ふわふわの毛に覆われた背中にぎゅっとしがみついた。
見れないです!
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移動するにあたり、ヒヨリさんが片方の靴を失くしていることで、ひと悶着が起きた。
このままじゃ歩きにくいし、石や木の枝などで怪我をするかもしれない。だから靴代わりに僕のシャツでも巻こうとしたんだけど。
「駄目ですよ! ルイさんが風邪ひきます」
ベストは地面に敷いたまま置いてきちゃったし。ハンカチの類も川に流されたから、今着ているシャツくらいしかない。シャツはどうせ背中を斬られて大きく破れてる。靴代わりにしても惜しくない。
だけど必然的に、上半身裸になるわけで。
「僕なら平気ですよ。こう見えて丈夫なので……って、ヒヨリさんが困りますよね」
ドウェインたちに、真冬にテントに入れてもらえなくても、雪山で僕だけ軽装備でも、凍った湖に放り込まれた時でさえ風邪はひかなかった。だから風邪をひく心配はないけど。
半裸の男と一緒というのは気まずいよな。見せられるほどの体じゃないし。
「じゃあおんぶします」
「そんなの悪いです。私、重いですから!」
「平気です。普段もっと重い荷物背負ってたので」
「ルイさん。あの人たちにどんだけこき使われてたんですか」
背中を向けてしゃがんだけど、ヒヨリさんは首を横に振って拒否。
可哀想な人を見る目を向けられてしまった。荷物持ちは苦じゃなかったんだけどなぁ。
「私の上着使えばいいんですよ」
「わーっ、そんな高級品を靴代わりにするなんて勿体ないですよ!」
今度は僕が上着を脱ごうとするヒヨリさんを止める。
こんなに仕立てのいい服を足に巻くなんて。
『やっぱり僕がおんぶします』『いえいえ、私の上着の方が』ともめること数分。
にゃぁぁぁぁお。
と鳴いたソラが元のサイズに戻って、背中に僕たちを乗せて。
今現在、空を飛んでます。
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確かにこれなら僕のシャツもヒヨリさんの上着も犠牲にならないけど。おんぶするより疲れないし、速いけど。
怖すぎる~~~。
「どうしました?」
「‥‥‥な、なんでもないです。落ちないか心配で動けないだけ‥‥‥って、そんなに動いたら危ないですよっ」
ヒヨリさんにひょいと横から覗きこまれ、僕は悲鳴を上げた。ってか、なんで普通に座ってるんですか。もっとしっかり捕まってないと落ちるって。
「ソラの背中は大きいですし。揺れもなくてぐらぐらしないから平気ですよ。それにもし万一落ちてもソラがなんとかしてくれます。ねー?」
うにゃん。
ぴょんぴょんと地面を蹴るような動きで空を移動するソラが頷いた。
名前をソラにしたからって、本当に空を飛ぶなんて。
そういや川から助けてくれたのがソラで、光に包まれてふよふよ浮いたって言ってたな。それと同じ魔法なのかな。
魔法で浮いてるんなら落ちることはないよね。分かってるんだけど。
怖いものは怖い。
「ルイさん高所恐怖症だったんですね」
「こ、高所恐怖症?」
「高い所が苦手ってことです」
ああ、なるほど。
「落ちるのが怖いんでしたら、背中に乗らないで浮かせてもらいますか?」
助けてもらった時はそうでしたし、というヒヨリさん。にゃ? と、そっちの方がいいの?って感じのソラ。
冗談じゃない。
「いえ!! このままでいいです!」
ソラに乗らないで一人で浮くなんて、心もとなさすぎる。下が丸見えだし。
ぎゅっと掴まっていられる今の方がずっといい!
「あの、怖いのにすみません、ルイさん。私だとこの世界の地理が分からなくて。今どの辺進んでいるのか‥‥‥」
「そういえば町が見えてるって言ってましたね‥‥‥」
ですよね。僕が見て確認しないと駄目ですよね。
ソラにしっかり掴まったまま‥‥‥でもあんまり力入れてたら痛いよね。力を入れすぎないように掴まって、おそるおそる周りを見る。高ぁ。お尻がぞわぞわする。
後方に王都が小さく見えていて、すぐ前方にそこそこ大きな町がある。中央に教会と役所、ぐるりと囲む塔を有した防御壁。よくある町並みだけど、王都と川からの位置的にオルクスで間違いない。
「オルクスで合ってます‥‥‥あの、ソラ。空を飛ぶ猫なんて大騒ぎになると思うので迂回してくれるかな?」
にゃう。
しっかりと背中にへばりついてお願いすると、分かったという返事と共にぐん、と右に旋回。ひぇぇぇ。
「大丈夫ですか? やっぱり私、歩きますよ」
「うぐ」
すっごく魅力的な提案だけど。それだとまた決着のつかない押し問答が始まってしまう。もし解決したとしても、食料も装備も何もない状態で一週間だ。
「いえ、大丈夫です」
丸一日かかるはずのオルクスまで、たった一時間ほどで着いたんだ。空の移動は驚くほど速いから、半日もあれば王都近隣を抜けられるだろう。この速さで移動できるなんて誰も思わないから、万一追手がかかっていても十二分に逃げ切れる。
ここで僕が我慢さえすれば円満解決。いいことづくしだ。怖いけど!
「二つ目の町が見えたら迂回しつつ、このまま北上して、三つ目の町の近くで降りましょう」
「いいんですか」
「ドウェインたちは寒いのが嫌だと言って、主に南側の依頼ばかり受けてましたからね。北に抜けてしまえば大丈夫です」
夏場にオルクス含む二つの町の依頼は受けてたから、そこさえ越えれば知り合いに会わない。知り合いにさえ会わなければ、僕の生存に気づかれる心配がなくなる。
「三つ目の町、ヴェスパーでヒヨリさんの靴とか旅に必要なものをそろえましょう」
「え、でも、お金がないんじゃ」
「ヴェスパーの近くでいい値段で売れる茸が採れるんですよ」
ドウェインたちに拾われる前にこなした依頼で、土雲茸の採取があった。土雲茸は土の中に自生してるから見つけにくいんだけど、僕そういうの見つけるの得意なんだよね。
珍しさと香りの良さから高級食材。売れば身なりや装備を整えられるし、宿屋にも泊まれるだろう。
空の旅とはさよならだー!




