5.称号とはずれスキル
死ぬのは怖い。命のやり取りは怖い。モンスターは怖い。人に刃を向けるのも怖い。
怖い怖い怖い。
けど。
そんなもの、ねじ伏せてやる。
『条件の達成により、称号:『勇なる者』を獲得しました。スキルが付与されます』
『はずれSS級スキル『失敗は成功のもと』:生命の危機に陥った時に自動発動:失敗するごとにランダムでスキル付与』
ああ、耳鳴りが酷い。
「もういいのはこっちだっつーの。しつけーな。早く死ね」
ドウェインの剣が上段から振り下ろされる。
凶暴なのに真っ直ぐな剣筋。生き物の命を刈り取るのに最短・最小限の振りで僕の脳天を狙ってくる。
見えてるし、分かってる。
僕は目と勘だけはいいと、両親によく褒められていた。対処法だって二人に教え込まれたから知っている。
半歩だけ右前に踏み込んで、剣の腹を撫でればいい。そのまま武器を敵に向けてさえいればカウンターで刺さる。
でも僕には踏み込むスピードも、剣をいなすだけのパワーもない。
中途半端に踏み込む。詰まっただけの近すぎる距離で、左手の肉ごと剣に裂かれ、ドウェインの鎧に頭から激突した。
「がはっ」
「ははっ! 自爆してやんの」
『カウンターに失敗しました。スキルが付与されます』
『A級スキル『不屈』:相手が自分よりも強い時、全ての能力値がアップ。上昇率は相手と自分の能力値差の30%』
無様に頭から血を流しながら、どしゃっとまた地面に倒れる。
あー。頭が割れそうに痛い。いや、実際に割れてるのか。体が熱くて燃えそうだ。耳鳴りも酷くて、変な声みたいなのが聞こえる。
木の枝は粉々になったから、また適当に拾おうとしたけど。近くになかった。
『武器の入手に失敗しました。スキルが付与されます』
『B級スキル『目標達成』:目標が達成されるまで50%運が上昇。現在の目標は追手からの逃走です』
仕方なく無手で立ち上がる。視界がぐらぐらして安定しない。
「気持ち悪ぃな。ゾンビかよ」
「ううっ、ルイさんしっかりして! 『ぽかぽか』『回復』っ」
ふわっと体が温もりに包まれた。
「! はっ」
すうっと頭痛が引いて、急に意識がはっきりした。熱さを通りこして冷たくなっていた腹がぽかぽか温かくなってる。
ラッキー。ヒヨリさんの回復スキルが今までで一番効いたみたいだ。体が軽く感じる。
「二度と立ち上がれねぇようにしてやんよ」
今度は下段から斜め上の斬り上げが来た。そのままだと真っ二つにされる。だから。
「なっ!」
少ししゃがめばいい。
ひゅっ。ドウェインの剣は僕の毛先を少し切って空振った。
よし。今度は動けた! しかも僕が避けるなんて考えてなかったから大振りだ。またラッキー。がら空きになってるよ。
僕はしゃがむと同時に前に出ている。だからほら、拳が届く。
僕の拳がドウェインの顎を打ち抜いた。僕を舐めて完全に油断してるのと、体重を乗せているおかげでドウェインの首がねじれる。がくっと地面に膝を着いて、剣を取り落とした。
「ヒヨリさん!」
「きゃっ」
今だ。
踵を返した僕は、ヒヨリさんを背負って走った。ドウェインはしばらく動けないとして後三人もいる。逃げるが勝ちだ。
それにしても、軽いとはいえ人を背負ってるのに、いつもなら考えられないくらいの速度が出る。これなら逃げきれるかも。
「逃がさないわよ『爆弾』」
「!!」
いくらも走らないうちに、後ろから光の球が飛んできた。まずい。シャルロットの魔法だ。
「ヒヨリさん、防御壁を」
「『ぽかぽか』『防御壁』」
僕は背中のヒヨリさんを前に抱え直して横に跳ぶ。光球は的の急激な方向転換についていけず、明後日の方向に着弾した。
「うわあっ」
直撃じゃなくても爆風と破片が襲ってくる。けど、防御壁のおかげで破片が刺さったのと、鼓膜がやられただけで済んだ。またラッキーだ。
音のない世界を走る。
ああでも、肺が焼ける。全身が痛い。今僕は何をしてるんだっけ。何で走ってるんだっけ。
「『ぽかぽか』『回復』」
「……っ!」
ああ、腕の中が温かい。この温もりを絶対に守らなきゃ。
ズバッ。
「……うっ」
背中に熱い斬撃を受け、僕はつんのめった。転んで怪我をさせちゃいけない。腕の中の大切な温もりをぎゅっと抱き締め、地面にぶつかる衝撃に備えた。
だけどいつまでたっても衝撃はこなかった。代わりに感じるのは猛烈な風と浮遊感。
視界には空と、崖の上に立ち、僕たちを見下ろすドウェインたちがいた。
どちらもぐんぐん遠ざかっていく。
いや、向こうが遠ざかってるんじゃない。僕たちが落ちてる‥‥‥!
どうやら夢中で逃げているうちに、崖まで来ていたらしい。
かなりの高さだけどラッキーなことに下は川だ。
僕が下になればヒヨリさんは助かる。
『追手からの逃走に成功しました。おめでとうございます。目標達成。運が元に戻ります』
バチィン! 全身を刃物で刺されたような痛みに、意識を持っていかれた。
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「ちっ。ゴミが無駄に足掻きやがって」
ドウェインは忌々しく顎を撫でながら崖下を覗いた。
当然打たれた顎にダメージは負っていない。ただ脳を縦に揺らされて、一時的に動けなくなっただけだ。
(殴ろうが罵ろうがやり返しもしなかったゴミが。生意気にも反撃しやがって)
ルイはヘタレな癖に、正義感と意思が強いのが頂けない。はずれとはいえ聖女の暗殺など反対するだろうから、優しく捨ててやったのに。
「ちょっと。逃げられたわよ」
「心配すんな。あの高さだ。助からねぇよ」
崖下が川なのが、僅かに生存率を残すが。落ちる前に肩から腹まで斬っておいた。
すでにズタボロだった奴が、この高さで水面に叩きつけられたのだ。骨も粉々だろう。たとえ粉々でなくとも、あれだけの深手で水に落ちれば死ぬ。
「そりゃそうだけど。殺しの証拠はどうすんのよ? 川を探すなんて嫌よ」
シャルロットが鼻にかかった声でドウェインにしなだれかかってきた。くびれた腰を抱く。
深みにでもはまったのか。数分経つが二人とも浮いてこない。どこまで流れたのかも分からない。死体を見つけるのは容易ではないだろう。
「面倒臭ぇな」
川を浚うのはドウェインもごめんだ。
「おっ、これはどうだ」
「いいじゃねえか」
ノーランが持ってきたのは靴だった。よく分からない革で作られた異世界の靴。ゴミの血がべったりと着いているから、いい証拠になるだろう。
(タダでよく働くし、ストレス発散によかったけどよ)
「よし、引き上げるぞ」
これでドウェインはS級だ。S級になれば王侯貴族と同じ扱いになる。いつまでもゴミを使っていてはS級に見合わない。
「一流は、いい道具を使わないとな」
ドウェインは二人のメンバーと共に崖に背を向けると、振り返ることなく立ち去った。




