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やがて本当の英雄譚 ノーマルガチャしかないけど、それでも世界を救えますか?  作者: 天野ハザマ


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クロスの予想

「……ふむ、ふむ」


 一通りの話を聞いたクロスは、しばらくそれを自分の中で整理しているようだったが……やがて整理がついたのか、指をパチンと鳴らしてセイルに向き直る。


「質問。王女の提案を受けたのは何故? メリットがあるとは思えない」

「簡単に言えば後ろ盾だ。寄る辺なき俺達がこの先何をするにしても、彼女との繋がりはそれを得る良い機会だった」


 そう、セイル達は「冒険者」という身分を得たが、それとてどこまで通用するか分からない儚いものだ。

 決闘未遂事件のようにセイル達を狙う者が出てくる可能性はあるし、身分差によってそれを強硬に進められる可能性だって当然あるだろう。

 それを防ごうと思った時、「友好的な一国の王女」という存在は実に渡りに船だったのだ。

 アンゼリカ王女と懇意にすることで、そうした圧力をある程度弾ける。そういった狙いもあったのだ。


「……で、望んだものは得られた?」

「ああ」


 言いながら、セイルは黒いカードを取り出す。

 金色の文字で何かが記されたそれを全員が注目するが……そこには「この者はヘクス王国第一王女アンゼリカの友である」と書かれているのが見えた。


「これは後で見せようと思っていたものだが、冒険者ギルドも一枚噛んでいるものらしい」


 通称、ブラックカード。一定以上の権力者が持っている「自分が身分を保証する」と示す証明書である。

 権力者はこれを囲い込みたい相手に渡す事で自分が目をつけているとアピールできるし、渡された側も……まあ、程度はあるが色々な手続きが省略されるなどのメリットがある。

 もっとも、それだけに渡す側も自分の信用がかかっている為に中々渡さないのだが……セイルはそれを渡されたということだ。


「アンゼリカ王女曰く、これはそういうものらしい。その中でも更に貴重だと言っていたが……まあ、そういうことだな」

「恩を売られたね」

「互いに利のある取引だ。まあ、確かに得られたものは大きかったがな」


 そんな事を言うセイルの手元のブラックカードを、クロスはじっと見つめる。


「……たぶん、そのアンゼリカ王女って人の魔力が刻まれてる。偽造を防ぐ為かな」

「勝手に作られては意味がないだろうしな。とにかく、これは有難く利用させてもらう。お前の冒険者登録もあるしな」


 アーバルの町ではペグの口利きがあったが、この王都ハーシェルではそんなものはない。

 しかし、代わりにこのブラックカードが役目を果たしてくれるだろう。


「そんなものを渡すってことは、かなり本気だと思うけど。大丈夫?」

「む……まあ、大丈夫……だろう」


 疑わしそうな目で全員が見てきて、セイルは思わず目を逸らす。

 その辺り言質はとらせていないから大丈夫……のはずだ。


「王子は無駄に顔もいいし、そのアンゼリカ王女のアビリティを考えると早々逃がすとも思えない」

「だが、大国との力関係もある。より良い条件を引き出す為の風除けという考え方も出来るんじゃないか?」

「甘い」


 セイルの言葉を、クロスは一言で両断する。


「力関係でどうにかなるんだったら、アンゼリカ王女はもうレヴァンド王国の第三王子とかいうのと結婚してるはず」

「む、それは確かに」


 だがあの時のアンゼリカ王女の口ぶりだと、まるで選択権がアンゼリカ王女の側にあるかのようだった。

 それは一体どういうことなのか?


「たぶん、王族としての「価値」はアビリティ……この世界でいえば固有能力で決まるんだと思う。それは大国だとか小国だとか関係なくて、固有能力の価値が高ければそれだけで尊ばれる……のかもしれない」

「でもそうなると、王女が何処かの第一王子とかに嫁入りとか……あるいはもっと上位の王子を寄越すって話の方が自然じゃないですか?」


 エイスの当然の疑問に、クロスは頷いてみせる。

 そう、固有能力が国同士の力関係に優先するのであれば、当然そういう事があってもおかしくはない。

 しかし現実としてアンゼリカ王女に来ていたのはレヴァンド王国の「嗅覚上昇」の第三王子。

 これはどういうことなのか?


「固有能力の件を加味して尚、舐められている……ということか?」

「そう考えるのが自然」


 セイルの言葉に、クロスも頷く。

 そう、ヘクス王国は吹けば飛ぶ小国だ。

 故に、大国に舐められている。

 大した固有能力を持っていない第三王子でも充分だろうと思わせる程度には舐められているのだ。


「それでも、選択権がアンゼリカ王女にあるということから固有能力の力関係自体は未だ有効。だから、そこに王子を引き込む事は大きな意味がある」

「大きな意味……?」

「アンゼリカ王女は「王族のカリスマ」を欲しがった。これにはたぶん実際の能力の効果以上に意味がある」


 そこで一息をつくと、クロスはセイルにぎゅっと抱き着く。


「……真面目に喋って疲れた。ちょっと休憩」

「いや待て。今話のまさに大詰めだっただろう」

「どうでもいい。予想に予想を重ねても空しいだけ。それより王子分の補給が大事」

「その王子って呼び方もどうにかしてくれ。外で呼ばれるとな……」

「ならダーリン」

「それはもっと困る」


 離そうとしても離れないクロスをやがてアミルとイリーナが二人がかりで引っぺがすが……不機嫌になってしまったクロスはセイルのベッドに突っ伏して話の続きをしてくれそうにはなかった。


「王族のカリスマを欲しがる意味、か……」


 だが、クロスの「予想」は……喉の奥に引っかかったように、しばらくセイルを悩ませそうだった。

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