そして、始まる
「ねえ、セイル」
「ん、どうした?」
「この街……っていうか国。もう人間が居ないんだよね?」
「ライフキーパーの言葉を信じるなら、そうなるな」
「どうするの?」
どうなる、ではなくどうする。
そんなサーシャの問いに、セイルは一瞬言葉に詰まる。
どうなる、であれば答えは簡単だ。
何もしなければ荒廃していくだけだし、皇国が現状をどうにかした後に領土欲を発揮すれば飲み込まれるだろう、と答えられる。
しかしサーシャは「どうするの」と聞いた。ならば、その意図は。
「……サーシャ」
「うん」
「ソレを考えたことが無いと言えば、嘘になる」
セイル。すなわち「カオスディスティニーのセイル」は亡国の王子。
その滅びた国であるガイアード王国の復興は「セイル」の悲願であり、セイルに付き従う仲間達の願いでもある。
カオスディスティニーのストーリー上、サーシャの加入時にはガイアード王国は丁度復興の最中であったはずだ。
しかしセイルは現状を「世界が滅びこの世界に転移した」と説明している。
実際そうではない……ガイアード王国などという国がゲームの中にしか存在しないものだとしても、それを悟らせてはいけない。
つまりセイルは「ガイアード王国のセイル」についてきてくれた仲間が納得できる道を示さなければならない。
そして今、此処に空白となった領土がある。ならば「セイル」はどうするべきなのか。
だがそれははたして正しい道なのか?
「此処にガイアード王国を造るのは、正しい事なのか? 俺達の世界の事情をこの国に持ち込んでもいいのだろうか?」
セイルはカオスディスティニーの設定を踏襲しながら、しかし言葉が空虚にならないように自分の想いを込めながらサーシャへと問いかける。
此処にガイアード王国を造る。それはきっと、放浪の民でしかなかった仲間達を安心させる道でもあるだろう。
だが、それが正しいのかどうかがセイルには分からない。
そんな侵略じみた事をするのが、英雄として正しい事なのだろうか?
「……ボクには難しい事は分からないけど」
そう前置きをしながらも、サーシャはセイルから視線を逸らさない。
逃げるような響きはその言葉には無く、誤魔化す様子もない。
「ボク達は、セイルについてきたんだ。他の誰かの指揮下に入る気はないよ」
「……そう、か」
それは明確なサーシャの意思表示だ。
たとえばヘクス王国のアンゼリカであれば、セイルの行動を縛るような事は無いだろう。
彼女は誰よりも今の世界に対する危機感を抱いているし、セイルへ好意を持っている事も明言している。
しかし、セイルについてきてくれる仲間がヘクス王国にセイルが所属する事を許容するかといえば話は別だ。
サーシャは遠回しではあるが、それを今明確に宣言したとも言えるだろう。
他の仲間はどうだろう?
ウルザとクロスはついてきてくれるだろう。彼女達はセイル個人についてきてくれている。
アミルとイリーナもついてきてくれそうな気はしている。
しかし、他の仲間達はどうだろう?
エイスはどうだろうか。確実にそうだとは言えない。
ガレスやオーガンはどうだろうか? 国に忠誠を誓うが故にセイルに従う彼等は、「国の復興を諦めたセイル」に従うだろうか?
キースやクリスはよく分からない。特にクリスはあまりにも自由人だ。
ゲオルグはどうか。今ですら何処かにフラリと消えそうな予感がある。
「……」
黙って、セイルは起き上がる。
特に身体の何処かが痛むということもなく、セイルは己の身体のスペックの高さを再度自覚する。
「何処行くの、セイル?」
「玉座の間だ」
その言葉にサーシャは何かに気付いたような目になるが、何も言わない。
部屋を出てすぐ、セイルは駆け寄ってきた仲間達に気付く。
「セイル様! お目覚めになられたのですね!」
「アミル。作業をしていたと聞いたが」
「はい、燃やせばいいと途中から気付きましたので作業はもう粗方終わっています。皆戻ってきていますが……まだ寝ておられた方が」
心配するような顔で見上げるアミルに、セイルは「大丈夫だ」と笑いかける。
「今から玉座の間に行く。あの部屋がどの程度原型を留めてたか、覚えてないけどな」
「えっと……一応崩れる心配は無いと思いますが」
「そうか。なら皆を集めてくれ」
「はい!」
走っていくアミルを見送り、セイルは玉座の間へと向かう。
王の寝室だったらしい部屋から玉座の間はあまり離れているというわけでもなく、セイルとサーシャはすぐに玉座の裏へと辿り着く。
「……こういう構造か。気付かなかったな」
「たぶん他にも知らない部屋はたくさんあると思うな」
「そうだな」
この国の皇帝だった誰かが座っていた玉座はあの戦闘の中でも原型を留めており、セイルはその上に散らばった瓦礫を軽く払いのける。
「……すまないな。俺は……」
そう呟くと、セイルの近くに淡く輝く人型が形を成す。
それは豪奢な服を纏い、王冠を被った壮年の男。
半透明のその姿はゴーストそのものだが……それが誰であるかは、問うまでも無かった。
皇帝のゴーストは自分の頭から王冠を外すと、セイルへとそれを差し出してくる。
「いいのか? 俺はこの国を継ぐわけではないぞ」
その言葉に、皇帝のゴーストは微笑むだけで答えはしない。
しかし、セイルにその意図はしっかりと伝わった。
「そうか。なら……確かに受け取った」
半透明の王冠にセイルは触れられない。
触れられるはずもない。それは皇帝と同じく、この世ならざるもの。
けれど、皇帝のゴーストはその言葉に満足そうに頷いて消えていく。
「セイル、今のは……」
「ああ」
サーシャに、セイルは頷いて。
アミルを先頭にやってきた仲間達へと視線を向ける。
その最後方には不満そうな顔のゲオルグもいるが、まだ此処に居た事にセイルは少しだけ安心する。
多少はセイルを認めているのだろうか、と。そんな事を思ったからだ。
「……皆、よく聞いてくれ」
集まった仲間達を前に、セイルは可能な限り威厳を込めた口調で語り始める。
そう、これは一つの終わりと始まり。
この言葉を告げる事で、始まるのだ。
「俺はこの地に、新たなるガイアード王国の建国を宣言する!」
最初にアミルが、続いてイリーナが跪く。
少し遅れてキースが、そしてクリスがその場に跪く。
ゲオルグは立ったままフン、と鼻を鳴らすが……特に否定する様子もない。
サーシャはセイルの隣で何かに納得したかのように頷いている。
そうして、始まる。
物語の英雄の姿を借りていただけの男が紡ぐ、英雄譚。
やがて「本当」に至る、英雄の物語が……始まるのだ。
アシュヘルト帝国編は、これにて終了です。
次章は現在プロット構成中です。
固まり次第投稿開始します。





