北メルクトの森5
イリーナの身体が、輝きに包まれる。
恐らくはカオスアイが発しているのであろうその輝きはイリーナに吸い込まれて消える。
そして……イリーナから、凄まじい量の魔力が溢れ出る。
それは、勝ち誇っていたベイルティタンに僅かな恐怖を抱かせる程の魔力量。
「なっ……それは。そのおかしな帽子はなんだ!? お前は……うおおおおお!」
ベイルティタンの闇の塊に、一気に魔力が注がれる。
何かが変わったと。流れが変わってしまったと。そんな危機感を覚えたのだろう。
そんなベイルティタンを見ながら、セイルは思い出す。
未開放になっていた、カオスアイのアビリティ……その能力は「開眼」。
全能力が2ターンだけ2倍になる、短期決戦用のアビリティ。
そして、その「開眼」の間の攻撃は専用攻撃に変化する。
「カオスボルト!!」
イリーナの杖から、黒い電撃が放たれる。
地上から空へと放たれた稲妻の如き一撃は……ベイルティタンの黒球を貫き、その本体を蹂躙する。
「ぐ、あああああああああああああ!?」
霧散したベイルティタンの黒球。そして、出来た隙。
この好機に……しかし、セイルの頭に浮かんだのはアミルの名ではなかった。
浮かんだ、その名は。
「……イリーナ! やるぞ!」
「はいです、セイル様!」
イリーナの杖が、高く掲げられる。
カオスアイの補助を受けて杖へと強大な闇の魔力が集い、世界を震わせる。
「闇よ!」
イリーナの声と共に天へと放たれた闇の柱が、天へと掲げたセイルの剣へと降り注ぎ吸収されていく。
「何を……何をしているうううううう!」
「させません!」
ベイルティタンの放った衝撃波の前に、アミルが立ち塞がる。
セイルを守るように布陣し、邪魔はさせぬとミスリルの盾を構える。
「くっ……!」
「どけえええええ!」
連続で放たれる衝撃波。しかし、それでもアミルは退きはしない。
それは、アミルの根性というだけの話ではなく。
「無茶するのう……!」
「此処で無茶せずいつするんですか!」
「まあ、確かにの!」
その背後に布陣したオーガンの、回復魔法。
それが、アミルの傷を癒していくせいでもあった。
「おのれえええ、であれば!」
ベイルティタンの目が、輝いて。
しかし、もう。どんな呪術も間に合いはしない。
黒く染まったヴァルブレイドを構えたセイルの目が、ベイルティタンを見据える。
「……喰らえ」
離れているはずのセイルの、その剣に。ベイルティタンは恐怖を覚えた。
「ダーク……ピアッシング!」
高速の突き。けれど、通常であればそんなものが届くはずはない。
それがただの突きであれば。けれど、それはただの突きなどではない。
闇が。剣に宿った闇の魔力が、セイルの突きと共に放たれる。
黒く輝く闇色の光線。恐らくはそんな表現が正しいのだろう。
それは空を裂き、貫いて。ベイルティタンの闇色の身体をも深く……強く、貫いた。
「ぐ、が……っ」
バキン、と。致命的な何かが砕けた音がして。
ベイルティタンの闇色の身体が解けて消えていく。
光の中に、闇の粒子が飛び去っていくように。
さらり、さらりと。ベイルティタンの身体は消失する。
「……今度こそ俺の……俺達の、勝ちだな」
「ああ」
覆せぬ敗北を悟ったベイルティタンは……アガルベリダは、赤い目を細めてそう答える。
「私の負けだ、人間の英雄セイル。それと……イリーナ、だったか?」
「です」
「そうか。お前達を英雄の腰巾着と侮ったが私の敗北の理由だろう」
そう、自嘲するように呟いて。アガルベリダは、その目をセイルへと向ける。
「知っている事を聞かせろと言ったな、セイル」
「ああ」
「そうか。だが……私が今更説明する必要など、ない」
「本気で往生際悪いです……」
悪態をつくイリーナに、アガルベリダは楽しそうに笑う。
「くく……まあ、そう言うな。私がこの場で何を言ったところで何も変わらんし、何も変えられんのだ」
「どういう意味だ?」
すでにほとんど消えかけているアガルベリダへと、セイルはそう問いかける。
分からない事が多すぎる。
変わらないし変えられない。一体何が起こるというのか。
まさか本当に革命でも起ころうとしているのかと。
そんな事を考えるセイルの耳に……アガルベリダの、恐らくは最後の声が届く。
「グレートウォールは、すでに崩れ去った。もはや……夢見る時期は過ぎたのだ」
そして、その言葉と同時にアガルベリダの身体は全て霧散する。
そして其処には、何も残ってはいない。
カースドラゴン・コアの欠片とやらもアガルベリダの消失と共に消え去ってしまっている。
だが、そんな事も今のセイルには気にもならなかった。
「グレートウォール……?」
グレートウォール。そのままの意味でいうなら「壁」だろうが、そんなものが世界の何処かにあるとでもいうのだろうか?
「む」
「きゃっ」
「あっ」
「うおっ」
セイルの考えが纏まるのを待つ気がないとでもいうかのように、地面が揺れる。
地震だと気付いたのは、次の瞬間。
カースゴーレムの起こしたような局地的なものではない、本物の地震。
「これは……デカいぞ!?」
グラグラと揺れる大地が収まった頃には……セイルを含む全員が、その場に膝をついたり倒れたりしてしまっていた。
「このタイミングで地震、か……」
「嫌な予感がするですね」
そうセイルに応えたイリーナの帽子……そこで見開かれていた目は、再び元の紋様のようなものに戻ってしまっている。
そのセイルの視線に気付いたのだろう、イリーナは帽子をぐいっと引っ張ってみせる。
「連続しては使えないみたい、です。たぶん今呼んでも起きないです」
「そうか」
その辺りは、やはり制限があるのだろう。
セイルのヴァルスラッシュとて、無制限に連発出来るものではないのだから。
「とにかく、戻るぞ。ウルザ達が心配だ」
セイルの言葉に異存を唱える者など居ない。
戦いの余韻に浸る間もなく、セイル達は王都へ向けて走り出す。
グレートウォールは、すでに崩れ去った。
アガルベリダが遺したその言葉の意味を、考えながら。





