第八十五話
「イルクーツクに増援部隊が到着しつつある……か」
満州里の前線司令部で山下大将はしかめ面をしながらそう呟いた。
「百式司偵からの報告では戦車なども多数確認されているようです。ですが航続距離が限界でこれ以上の偵察は難しいとの事です」
今村参謀総長がそう報告をする。
「……海軍の第五航空艦隊に彩雲があっただろう? 第五航空艦隊にも支援要請をしてあれを使わせよう」
「分かりました。直ぐに第五航空艦隊へ連絡します」
直ぐに伝令が走る。
「それと第五航空艦隊にイルクーツクから奥の鉄道への爆撃のための支援要請をしよう。奴等の輸送は鉄道だ」
再び伝令が走る。
「問題は……戦車だ。三式中戦車の生産はどうだ?」
山下大将は辻大佐に尋ねた。
「内地で臨時予算が陸軍に配分されましたが、配分されただけでそう簡単に三式中戦車は生産出来ませんよ」
「……だろうな」
辻の言葉に山下は苦笑する。
「それに二式自走砲等の生産もある。生産が進まないのは仕方ない」
今村参謀総長は辻にそう言う。
「それに兵力の問題もあります。チタには第一軍と第二軍がいますが、第三軍、第四軍も投入しませんと……」
「分かっている。内地の三宅坂も北海道から二個師団、台湾からも二個師団を引き抜いて満州に派遣してくる」
今村参謀総長は辻にそう言うが当の辻はそれでもまだ不満な様子である。
「四個師団だけでは足りませんぞ。せめて後八個師団、それに三個飛行集団と戦車も六個師団ぐらいなければソ連には勝てませんぞッ!!」
辻はそう叫ぶ。それを今村参謀総長は更に反論しようとするが山下がそれを制した。
「辻、儂もそれくらい……いやソ連にはそれ以上で当たらないと勝てないのは儂も分かっている。が、今はアメリカとも戦争をしているのだ。ソ連一国ならいざ知らず、アメリカとも戦争をしている日本にそのような余裕は無いのだ。分かってくれ」
山下はそう言って辻に頭を下げる。辻もそれを見て、沸騰しかけた頭が漸く冷めてきた。
「いや、私も少し言い過ぎました。……そうでしたな、アメリカとも戦争をしていましたな」
「構わない。取りあえずはそう具申してみよう。通るかは分からないがな」
そして電文は放たれた。
――十二月下旬東京――
「関東軍からの報告で、イルクーツクにあるソ連軍に増援部隊が続々と集結しているようだ」
東條の言葉に山本が動いた。
「いよいよ……ソ連の反撃が開始されると?」
「うむ、ここ十日程だと踏んでおる」
東條の言葉に会合の場はざわめきだす。
「静まれェッ!!」
そこへ伏見宮が一喝してピタリと黙らせた。
「それで関東軍は増援の要請を?」
「うむ、十二個師団あまりに三個飛行集団、六個戦車師団を要請してきたが……」
「到底無理だな。アメリカの警戒もある」
杉山はそう切り捨てた。
「だが、チタで破れたらソ連軍が満州になだれ込むぞ?」
「………」
堀長官の言葉に杉山は黙るしかなかった。他の出席者達も良案は浮かばず、ただ唸るしかなかったが伏見宮が腕を組んで無言だった将樹に視線を向けた。
「楠木は何か良案はあるかね?」
「自分……ですか……」
そう言って将樹は一分程天井を見上げていた。
「東條さん、インドネシア軍とビルマ軍の編成はどうなっていますか?」
天井を見上げている将樹が東條にそう聞いた。
「ん? ある程度までは編成している。まぁ両国とも今は陸軍しか無いがな」
「両国軍の規模はどれくらいですか?」
「規模か? 確かぁ……ビルマ軍は五個師団でインドネシア軍は六個師団だったな。それとビルマ軍の五個師団のうち二個師団はビルマとインドの国境線で警戒していて実践は経験している」
東條は頭を捻りながらそう思い出す。
「ならインドネシアとビルマに駐留する部隊は警備隊等を残して満州戦線に投入しましょう」
『何ッ!?』
将樹の言葉に山本達は驚いた。
「ほ、本気かね楠木君ッ!? インドネシアは原油の産地で有名だ。米軍も攻めて来るはずだぞ」
「いえ、恐らく米軍の最終侵攻ルートはフィリピンを取る事でしょう。フィリピンを取れば南方地帯を占領せずに日本を干上がらせます。それは史実でも証明されています」
将樹の言葉に何人かの出席者達はあっと分かったような表情をした。
「だがインドネシアは分かるがビルマも撤収するのか?」
「すいません、言葉足らずでした。ビルマの部隊はビルマ方面軍に属してない部隊の撤収です。国境線にいる方面軍は撤収しません」
将樹の訂正に東條達はホッと溜め息を吐く。東條達はビルマ方面軍も撤収するのだと解釈していたようである。
「ビルマの国境線にはビルマ方面軍の四個師団とビルマ軍の三個師団。戦車二個連隊と一個飛行集団がいれば大丈夫でしょう。インドはイギリスとの補給が絶たれていますから早々侵攻する事は無いはずです」
「……確かにな。それにいざとなればタイから支援要請すれば問題は無いな……」
日本とタイは、インドからイギリス軍が侵攻すればタイ国軍三個師団を増援に派遣すると表明しており、日本側はタイに佐官等を派遣して交流を深めていた。
「……良し、少し荒いがそれでやってみよう」
伏見宮の言葉に全員は頷いた。
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