第六十二話
「いやぁ、辻中佐の仕掛けは中々面白いですね」
「いやなに、日露戦争の事を思い出してそれを指示したまでだ」
将樹達はソ連との国境線を視察して百式司偵で新京に帰還途中であった。
「でも大量の落とし穴を作るとか……」
辻中佐は国境線沿いに深さ五メートル程の落とし穴を作っていた。
これは日露戦争で旅順や二百三高地等の攻防戦でロシア軍が落とし穴を作ったり乃木将軍の第三軍を苦しめたりしていたのを辻中佐は思い出してソ連軍に気付かれないように落とし穴の構築を進めていたのだ。(まぁ機関銃もあるが)
落とし穴の下には先が尖った木の棒を縦向きにして殺傷能力を高めていた。
更に地雷も大量に埋めて戦車を満州に侵入させないようにしている。
「まぁ褒めても何も出ないがね」
辻中佐は苦笑する。
「………そうですねぇ」
桐野少佐はそう呟くも窓から地平線を見ていた。
「(完全に腑抜けているな……)」
「(恋って怖いですねぇ)」
辻中佐と将樹はそう話している。
そして将樹達を乗せた百式司偵は新京の航空基地に着陸をした。
「少ない日数だったが前線視察はどうだったかね?」
「いや勉強になりました。辻中佐には何としてもソ連の侵攻を食い止めてもらいたいです」
将樹は素直な感想を言う。
「そうか、ところで新型戦車はまだかね?」
「まだみたいです」
「早く満州に来てもらいたいものだよ。ソ連の戦車は九七式中戦車改では役に立たないかもしれんからな。何せ装甲が厚いからな」
諜報員からの情報によってある程度の戦車に関する情報は辻中佐の元に入っていた。
「二式砲戦車や二式自走砲だと突破される可能性がありますからね。特にソ連は人海戦術ですし……」
「それは司令部で話そうか」
辻中佐はそう言ってチラッと桐野少佐を見る。
「分かりました。桐野少佐、今日はもう解散ですので食堂に行っていいですよ」
「べ、別に俺は食堂に行くとは一言も言ってないが……」
「そわそわしている人にそんな事言われたくないですよ」
「うぐ……」
桐野少佐は図星だったようである。
「それじゃあ頑張って下さい」
「あ、あぁ」
桐野少佐もまぁいいかと思い、食堂へ向かった。
「楠木、少し話がある」
「自分もです」
二人は頷いた。
「ズドラーストブィチェッ!! あ、ツヨシさんッ!!」
桐野少佐が食堂に入ると割烹着を着たナターリャがいた。
「今日は遅かったですネ」
桐野少佐が来た時間は午後八時だった。
「あぁちょっと国境線に行っていたからな」
桐野少佐は軍機に触れないように言う。
「へぇそうだったんですカ。何にしますカ?」
「じゃあナターリャ特製のボルシチと日本酒で」
「ハイ」
そしてナターリャは調理していく。
「日本酒デス」
調理している最中に徳利に入った日本酒も御猪口を桐野少佐に渡す。
「ありがとう」
桐野少佐は御猪口に日本酒を注いで飲み干す。
「今日も豪快デスネ」
「なぁにいつもの事だ」
桐野少佐は笑う。
「ハイ、ボルシチデス」
少し経ってからナターリャ特製のボルシチが桐野少佐の元にやってきた。
「いつもながら美味そうだな」
「Большоеспасибо(バリショーェ スパスィーバ)」
ナターリャはロシア語で言う。
そして桐野少佐がボルシチを食べ始める……が食べていて異変が起こった。
「……何か眠たいな……」
急に眠たくなってきた。
桐野少佐は目を擦るが眠気は強くなる一方だった。
「ぅ……」
そして遂に桐野少佐は寝てしまった。
「………」
それを見ていたナターリャは素早く動いた。
「店長、今日はもう私がしておきマス」
「そうかい? なら甘えてもらうよ」
日本人の店長はいつもの事だったので後はナターリャに任して、片付けてから店を後にした。
「新京にソ連の諜報員がいるんですか?」
「あぁ、満州国内にも多数いたが少し殲滅させてきた。しかしどれも支部所のようでな。新京が諜報員の居城らしい。何回かしらみ潰しに探しているが未だに発見はしていない」
「それを何故自分に?」
将樹は辻中佐に聞いた。
「……ナターリャ君が諜報員ではないかと情報が来ているんだ」
「……それはちと不味いっすね」
将樹は溜め息を吐いた。
「ただ確信的な証拠は無い」
「……桐野少佐は餌ですか?」
「……帝国陸軍軍人なら国のために死力を尽くすものだろう?」
「……分かりました、自分もお供します」
将樹はそう言ってコルトM1903を出した。
「……良かろう。同行を許可する」
辻中佐も同じくコルトM1903を出した。
「間違いだったら謝って回れ右をしたらいいんです」
「だろうな」
そして辻中佐と将樹は一個小隊の兵士を率いてハーフトラックで食堂に向かった。
「………」
ナターリャは寝ている桐野少佐の服をまさぐり、何か証拠を見つけようとするが何も見つからない。
「……何をしている同志ヤキーワン?」
「……同志隊長」
成果を上げないナターリャに諜報隊の隊長が来た。
「まさか我が祖国を裏切るわけじゃないな?」
「そ、そんな事は……」
「ならば何故自分の身体を使わない? 貴様の身体を使えばその男など直ぐに堕ちて情報を提供するはずだ」
隊長がナターリャを睨む。
「で、ですがこの人とはまだそのような発展をしていません。迂闊にそのような事をすれば……」
「君に拒否権は無いのだよ同志ヤキーワン」
ピシャリと隊長はナターリャの反論を一蹴した。
「さぁ、今すぐそのヤポンスキーを起こして交わるのだ同志ヤキーワン」
隊長はナターリャにそう言った。
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