秘書で受付嬢で可愛くて天然って最高ですね!!!
いつもの主人公です。
先程の要塞があった区域を抜けると、なんだか人が増えてきた気がする。
しかも歩いているのは、この国ではあまり見かけない身なりのよい人たちだ。
建物も、高級そうな佇まいのお店ばかり……はっ!ここは帝国の銀座なのか!
そうそう、この世界にはお貴族様も王様もいるそうなのだ。
お城めっちゃくちゃになってるから、ヴァルナ帝国の王様は知らんけど。
でも、ここを行き交う人たちはそういう支配階級というよりは……バリバリやり手の大商人って感じがする。
そして……ギルがすごく見られている気がするんだけど……当の本人は特に気にしていない様子。
かっこいいから見られ慣れてるのかな。仕方ないな、みんな美しいものは見たいよね!
ただでさえ美しいのに、今日はとてもいいお天気なものだから、金糸のような髪は冗談抜きで煌めいている。
風がふわっと吹くと造形の素晴らしい顔がよく見える……。風の神様ありがとう……。あ、この世界では風の精霊様って言うんだっけか。
風の精霊様かあ……。きっとイケメンに違いない。ギルとはまた違ったタイプの掴み所の無いイケメン……いや、ひとところに止まることのない風来坊のワイルドイケメンな可能性も……ぐふふふ。
「!!」
「あ、ごめん!シュナちゃん。大丈夫?」
急に立ち止まったギルの背中に派手にぶつかってしまった。
妄想……ちょっと考え事をしていて、全然前見てなかった。
ただでさえ低い鼻が無くなったんじゃないか心配になって鼻を触ってみる。
よし、一応鼻が存在している。
「大丈夫だよ。ごめんね、全然見てなかった」
「オレのほうこそ、一言言えばよかったね」
ごめん、と右手を立てて謝り、ギルは立ち止まった建物を見上げた。
右手でごめんちょとか、尊すぎて倒れるかと思った。
今鼻血出てたらぶつかったからかと思われるので、私の鼻持ち堪えて……!
立ち止まった所は、この辺りでも立派な部類に入る建物の前だった。
掲げられた看板には「クロース商会」って書いてある。
ふふふん!!!これが私の勉強の成果よ……!!!!ギル先生の教えの賜物とも言うけども!!!
四葉のクローバーを咥えたツバメのイラストが添えられていて、はっとする。
これ、ギルがくれたキャリーバッグのタグに書いてあったやつだ!!!!
ここが、女の子に大人気ブランドの本拠地……。
アニメショップに入るのには全然躊躇わないんだけど、ここはなんか……高級デパートに入る覚悟を要する。そんな心構えしてきてない。たすけて……。
ごくり、と生唾を飲み込んで立ち尽くした私の手を引き、ギルは特に臆する様子もなくその建物へと入っていく。
あああ、待って待ってギルさん!!私の心の準備が!!!
迎えてくれたのは受付らしき若い女の人だった。
ピンクブラウンのふわふわボブで、榛色のまあるい瞳は優しげだ。
尚、唇はつやつやである。いや、もうトゥヤットゥヤ。トゥヤットゥヤである。
その美女はふんわりと優しげな笑みを浮かべた。
整った顔がたちまちのうちに愛嬌のある可愛い女の子へと変貌する。
えっ。かわいいですね、お姉さん。
「ギル様、ご準備は整っております。お元気そうで何よりですわ」
えっ。声もかわいいですね!!!
「ありがとう。ブランさんも元気そうだね」
「私はいつでも元気いっぱいですよ」
ブランさんは、片腕を上げて力コブを作って見せている。
もちろん、その細腕には力コブなんて全くない。あるのはただただ可愛さだけだ。
推しとめちゃめちゃ可愛い女の子が歓談している。
何この眼福。
ブランさん、笑顔を浮かべるとまんまるな目が無くなっちゃうのめっちゃ可愛い。えっ、かわいい……。
何を隠そう、私は可愛い女の子が大好物なのだ。二次元だろうが三次元だろうが、可愛い女の子、美しい女の子は率先して保護していくべきだと思っている。
あ、恋愛対象は男の人だけなので安心してください。三次元の彼氏居たことないけどね!
「ブランさん、紹介するね。こっちがシュナちゃん」
「こ、こんにちわ。初めまして、シュナです」
ギルに手招きされ、渋々と近づいて頭を下げる。
なんで渋々かというと、この尊い空間に私が割って入りたくなかったのだ。
でも、推しが呼ぶなら仕方ない。
「まあ、こちらが……!」
なんと話が通っていたのだろうか。
迷子を保護したよって言ってあったのかな……。
私を紹介されたブランさんの目がキラキラと輝いている。
えっ、貴女の目も宝石なのですか。
「初めまして。ギル様の希望の星にお会いできて光栄です。私はクロース商会ヴァルナ帝国支部、支部長付き秘書兼受付のブランと申します」
「なるほどなるほど!お姉さん、めっちゃかわいいですね」
なるほど!と深く頷くと、ブランさんは顔を真っ赤にして両手を振った。
「なっ、ななな!急に何をおっしゃるんですか」
「ぶっ……!!シュナちゃんって面白いよね」
いけない。”ご紹介ありがとうございます”って答えたつもりだったけど、心の中の声のほうが出てたみたい。いけないいけない。
「お姉さんがあまりにも可愛いから、つい……」
「シュナ様にそう言っていただけますと光栄です。もっと精進しますね!!」
「えっ、これ以上可愛くなったらいけない。いろんな男たちが不幸になる」
いたって真面目に諭した私に、目を丸くするブランさんに、肩を震わせているギル。
「はっ!いけません。楽しくてつい話し込んでしまいました。支部長を呼んで参りますね」
支部長はずっと奥で待ちぼうけさせていたらしい。
どじっこ秘書さんなのかな??かわいいな??
ブランさんは慌てて奥へと引っ込んでいった。
「ブランさん、秘書できるくらい有能なのに、かわいくて天然さんなんですか」
「そうなんだよ……。おまけに数字にも強いし、実は腕も立つんだけどね、あんな感じだからブランさんのファンは多いんだ」
「腕も立つ!?……私もファンになりました」
「それは仕方ない」
残された私たちは、クスクスと笑い合ったのだった。
◆◆◆
「こんにちは、お嬢ちゃん!来てくれるのを今か今かと待ち構えていたんだよ!ブランくんが横取りしているとは思ってもいなかったけど、まあいつもお客さんはブランくんと歓談しちゃうから仕方ないな!うちの看板娘は仕事はできるし、腕は立つし、この前は大きなイノシシを捕まえてきてくれてな!あの時は大宴会だったな、だっはっは!!!!!」
「こんにちは、ええと……」
「テッド、もう少しゆっくり喋ってもらえると嬉しいな」
この恰幅のいい、ちょっと髪の毛の風通しが良いお喋りおじさんはテッドというらしい。
ギルが割って入ってくれて助かった。圧がすごい。
「シュナちゃん、この人はテッド。昔からの知り合いだよ」
「テッドさん。初めまして。シュナと申します」
テッドさんは私を見て、ギルを見て、にっこりと人の好さそうな笑みを浮かべた。
ギルと何やら笑いあっているけれど、残念ながら私の知らない言葉だったのとテッドさんがマシンガントーーークにも程がありすぎてテッドさんが言ってることはほぼ分からなかった。
ギルと一緒にテッドさんの後を着いて建物の奥へと進む。奥はガレージになっていて、そこにはブリキのおもちゃみたいな小さな車が止まっていた。
「うわー!!かわいい!!!!」
こちらの世界で初めて車を見た興奮で駆け寄って気が付いた。
あれっ。これ、車じゃない。サイドカー付きのバイクだ。
これからキャンプに行くかのような大荷物がくくりつけてあるし、事前にヘルメットを渡されているということは……??
バイクデビューに加え、サイドカー付きのバイクというのは初めて目にしたので、私は大興奮である。
「シュナちゃん、これに乗って大移動するよ。覚悟はいいかな?」
タイヤを見たり、メーターを見たりと大忙しの私にギルの声がかけられる。
「これに乗るの?すごく楽しみ!!」
満面の笑みで答えると、ギルは嬉しそうに頷いた。
「テッド、手配をありがとう!大変だっただろ」
「いやあ、ギルの旦那のお願いとあれば。前賃はたんまりもらっているんで」
「前賃だけでちゃんと足りた?足りていなければ遠慮せずに……」
テッドさんは言葉を遮るようにギルの肩に手を乗せて、あまり豊かとは言えない茶色い髪が生えた頭を左右にゆるく振った。
「旦那が、それに乗って、コハルに行ってくれる。あっしはそれだけで嬉しいんですよ」
「テッド。オレは諦めたことなんて一度もないよ。ずっと方法を探していた。それに……希望の星も見つけたんだ」
「希望の星……ですね」
テッドさんが、つぶらな青い瞳を私に向ける。
えっ、なんか私めっちゃ見られてる???推しの楽しそうな表情に夢中であんまり聞いてなかった。
テッドさんも頭髪が少しさびしいけど青いお目目がつぶらで、丸い顔に埋もれててかわいい。某マヨネーズのマスコットみたいでかわいい。
そんな失礼なことを内心思っていると、ブランさんがボードに乗せられた書類とガラスペンとインクを持ってきた。
「ギル様、受領証をお願いいたします」
「ブランさん、ありがとう」
ギルは大きくてくっきりした文字でサインをした後、懐から何かを取り出した。
そして……押印したのだ。
「えっ、ハンコ」
「そう。ハンコだよ」
くすくすと笑うギル。
えっ、それ見た目も完全にハンコだよね?
発音もハンコだよね??
「シュナちゃん。キミの世界では廃れてきていたみたいだけど、オレらの世界では活躍中のハンコだよ」
「えっ、廃止されつつある、あのハンコさんですか」
私の世界、ギルの世界。
薄々気づいてはいたけど……。
私が異世界人だってギルは気づいている。
ううん、気づいているんじゃなくて多分知っていたんだと思う。
言葉に詰まった私に気づいたのだろう。ギルは困ったように笑みを浮かべた。
「全部を話してあげることはできないんだけど。道中、話せることは話すよ」
「……うん。分かった。一つだけ、今聞いてもいいかな」
私は心の中に芽生えてしまった疑念が育ってしまう前に、先に聞いてしまうことにした。
「私を、この世界に連れてきたのはギルなの?」
あんな怖い思いをして、わざわざ助け出すような真似をギルがするとは思えないけれど、どうしても聞きたかった。
「誓って、それは違うよ。あの場所に居合わせたのも偶然だ。ただ、オレの希望の星が結果的にシュナちゃんになってしまったのは事実だ」
ギルの真摯な声音、真剣な眼差し。
言葉が通じるようになって、少しおちゃらけたところがあるのも知ったけど……本質は変わらない。
「うん。ありがとう。また教えてね」
私の言葉に、緊張していた場の空気が緩んだ。
うううっ、私のせいで場の空気が凍るの居た堪れなさすぎて吐きそう……。
三分間クッキングを始めそうな支部長テッドさんと、出来上がりはレンジの中にと、気の利くアシスタントのブランさん。




