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side莉々奈2

動物が虐げられる描写があります。

死んだりはしませんが、苦手な方はご注意ください。

 この世界に来てから三回の夜を越えた朝。小高い丘で目覚めた莉々奈はついに小さな村を視界に収めた。かなり遠いが、人らしきものが歩いているのも見える。


 大樹を目指して進んだ莉々奈の判断は間違ってはいなかった。近辺には確かに人が住んでいたのだ。


 この小さな村は森のほとりにあり、その先には鬱蒼とした森林が広がり、そのさらに奥に大樹があるのが分かるが、これより先は歩きやすく過ごしやすかった草原と比べ、難易度が格段に違うということが莉々奈にも分かった。


 何より、目的は大樹へ行くというより、人里に行くことだったのだから、この場所で何ら問題はない。

 しいて言えば、もっと人が多い所でまぎれこんで生活しようと思っていたので、規模が小さい村で心配ではあったが、正直そろそろ限界でもある。


 この道中。食べ物、水には全く困らなかったが、人はそれだけでは生きているとは言えない。


「おいしいご飯……。肉……肉があるといいな……」


 食べると活力がわいてくるリンゴのおかげで元気いっぱい、なぜかたくさんある泉のおかげで体はある程度清潔ではあったが、シャンプーで頭をごしごし洗いたいし、服だって水洗いはできてるけどやっぱり汚くなってきている。


 いくら運が良く恵まれていようと、現代日本人の莉々奈にはちょっと過酷すぎる環境ではあった。何より、人恋しくて仕方がなかったのだ。


(このまま会話しない日が続くと、言葉を忘れちゃいそう)


 あの村が、本当に人間の村なのか。自分のような見た目に好意的なのか。そして言葉は通じるのか……。色々な不安はあったが、莉々奈は突撃してみることにしたのだった。



***********************************



 莉々奈が不安と期待を抱えて小さな村を訪れると、小さな村には人の気配を感じられなかった。

 不思議に思って歩き回っていると、広場のほうから喧噪が聞こえてくる。


「魔物だ!!!」

「早く倒せ!!!」

「急いで村から追いだすんだ!!!」


 大勢の声が聞こえる方へ引き寄せられていくと、端に居た村人が莉々奈に気付き、ぎょっとして声を上げたが、喧噪に紛れて掻き消えてしまった。


 村人たちは皆、一枚布を服のように折って巻き付け、腰を紐でしばった簡素な恰好をしている。女性は飾りなのか色鮮やかな布を差し色に入れているようだが、なんだか古代ギリシャの服のようだと莉々奈は思った。


 男性は短く刈り込み、女性は髪が長い者が多い。


 髪色は様々で、奇抜な緑色もあればピンク色のものもあった。暗めの髪色もあったが、莉々奈にとっては残念なことに真っ黒の髪というのは見かけなかった。


(馴染むのは難しそう。まずは服装をどうにかしなくちゃ)


 この村がダメなら別の所にふさわしい恰好をして行けばいいのだ。

 布の調達はどうするかは置いておいて、ここで一般的な村人の服装を見れて良かったと思う。


 人ごみに紛れて騒ぎの元凶を見ると、小さな白いもふもふとした生き物がいた。

 どうやら大型犬の子犬のようだが、後ろ足が折れているようで引きずっている。

 黒いつぶらな瞳は、騒ぐ村人たちを見ると不愉快そうに細められていた。


 あちこち怪我をしており、古傷などは毛がべったりと張り付いたまま瘡蓋になってしまっている。


 遠巻きにしている村人が、棒や農具を手にして追い払うべく突いているが、子犬は村を出るどころか、どんどん広場の中央へと行ってしまう。


 莉々奈はハラハラしながら見ていたのだが、とうとう、小石が投げ始められた。


 どんどんエスカレートしていき、小石とはとても言えない、拳大の石までも投げ始められ、それが子犬の後頭部へと勢いよく当り、子犬はぐったりと倒れこんだ。


 とても見ていられなくなった莉々奈は駆け出し、子犬を背にかばって村人に向かって両手を広げた。


「やめてください!!!こんな小さな子に、よってたかって!!!」


 突然現れた、見慣れぬ衣装の莉々奈に、村人たちは一瞬怯んだが、興奮状態なのだろう。すぐさま怒声が飛んでくる。


「誰だお前は!!よそ者が知りもしないで!!!」

「そうよ!!!これは魔物なのよ!!!」

「早く追い出さないと、魔物は魔物を呼ぶ!!」


 興奮し、自分たちが正しいと思っている大勢の人間は怖い。

 この場を離れなくては危ない。


 莉々奈はぐったりと意識を失ったままの子犬を抱き上げ立ち上がる。

 小石が投げつけられたが、それは見えない壁に弾かれて軌道を変える。


「え、何これ……」


 弾かれた小石にぎょっとしたのは莉々奈だけではない。

 それに気付いた村人たちは色めき立った。


「魔法を使っただと!!??お前も魔物の仲間か!」

「違います!!」

「そういえば、見たことのない衣装を着ているわ!」

「まさか、北の台地に住まうという魔人なのでは」

「そうよ……これ程までに黒い髪に黒い瞳だなんて、こんな闇に満ちた色は見たことがないわ」


 莉々奈の言うことは全く聞いてはくれないし、憶測が憶測を呼び、遠巻きだった人の輪が今やかなり狭まっている。

 莉々奈は対話を諦め、子犬を抱きしめたまま広場を駆け抜けた。

 何人もの手や、切先がむき出しの農具が伸ばされたが、それらは全て不思議な力に阻まれ……莉々奈を捕えることはできなかった。


 莉々奈はするりするりと、まるで泳ぐように人の波を抜け、鬱蒼と茂る森の奥へと逃げ込んだのだった。



*********************



「あああ……。やっちゃった……。やっちゃったよ……。」


 鬱蒼とした森の中で、ぐったりと落ち込む莉々奈。

 だいぶ走ったし、森の中に入った時点で追いかける人の声や気配は感じられなくなったが、念のために茂みに囲まれた場所ではある。


「だって、あんなの許せるわけないよ……。ワンちゃん、大丈夫?」


 先程のことを思い出して顔を顰め、腕の中の白い子犬を心配そうに覗き込む。


「かわいそうに……。大丈夫かな」


 莉々奈の腕の中の子犬はボロボロだ。


 あちこち血が滲んでいる上に、古傷と思われる箇所は毛がべったりと固まっていて、酷い悪臭もした。かなりの深い傷を負っているのだと思われた。


 莉々奈は医者ではないので詳しくは分からないが、それでも後ろ脚は明らかに腫れてパンパンだし、おかしな方へ少し曲がっているようにも感じる。


 声をかけるが、ぴくりとも動かない。完全に気を失っているようだ。


「こんな小さな子に石を投げるなんて、ひどすぎるよ」


 出来うる限りの手当をしてあげなくては。


 ただ、今持っているのはリンゴと、一回分の水が皮の水筒に入っているのみで、到底子犬の血を洗い流せる量ではない。それに、もし目覚めた時に水を欲しがるかもしれないし。


 莉々奈は子犬を抱きしめたまま立ち上がった。

 この子犬を洗えるような水場を見つけなければならない。


「大丈夫よー、お姉ちゃんは水場を見つけるのだけは上手なんだからね」


 もちろん返事はない。子犬はぐったりとしていてあまり猶予は無い様に感じた。

 汚れてごわごわとした毛皮をそっと撫で、莉々奈は立ち上がった。



*****************************



 望んで探せば必ず見つかる。


 この世界に来てからそうなので、見つからないはずがないと思っていた所もあったが、案の定すぐに見つけた湧水でできた小さな泉に、莉々奈は微妙な顔をする。


 嬉しさ半分、不気味さ半分といった感じだ。


 しかし、今はそれどころではない。


「冷たっ…!ちょっと冷たいかな」


 湧水なだけあって、かなり冷たい。

 ポケットに入れてあったハンカチを水に浸し、緩く絞って、子犬の体を拭き清めていく。


 ついでにリンゴも取り出し、いくつか泉に放り込む。

 子犬がリンゴを食べるとは思えなかったが、莉々奈の手持ちの食べ物はリンゴだけである。


 果肉は食べないかもしれないが、果汁を飲むかもしれないし、触れた子犬の体温はかなり高く、もしかしたら熱も出ているかもしれない。常温のりんご果汁よりは冷えていた方が少しは飲めるかもしれない。


 水の温度が冷たいので、あまり血の汚れは落ちないかなと心配していたが、ハンカチを当てるごとに汚れは薄くなり、血痕はほとんど目立たなくなった。


「痛かったらごめんね」


 もちろん返事はなく、丸くつぶらな黒い瞳は閉じられたままだ。


 目立つ酷い瘡蓋も緩く絞ったハンカチを優しく押し当ててやる。毛がべったりと張り付いていて引き攣れて痛いかと思ったのだ。


「あれ?瘡蓋じゃなかったのかな」


 押しあてたハンカチを外すと、瘡蓋は少しふやけて柔らかくなっていた。


「血がくっついて固まってただけだったのかな」


 根気よく押し当て、離すのを続けるうちに、瘡蓋だか血の塊なのかはボロっと取れ、毛こそ無いものの綺麗な皮膚盛り上がっているのが見えた。


「よかった。きれいに治ってきてたみたい。子犬だから、新陳代謝がいいのかな」


 あちこちにある同じような傷跡にも全て同じ処置を施し、薄汚れた子犬は普通の子犬のような見た目となった。あちこちハゲをこさえてはいるけど、毛はすぐに生えてくると信じることにした。


「ふう……。あとは、この後ろ足なんだけど……」


 ぱんぱんに腫れた子犬の後ろ足を見て、莉々奈は顔をしかめた。

 触ることを躊躇う程に、とても痛そうである。


「とりあえず冷やしてみようか」


 泉にハンカチを再度浸し、後ろ足にそろっと巻いてやる。


「枝とか添えてあげたほうがいいんだろうけど、こんなに腫れてるんじゃ当ったら痛いよね」


 とりあえず、莉々奈にできる範囲の手当は終わったが、それでも子犬の目は覚めないままだった。

 しかし、最初の生気の無い顔と違い、今はぐっすりと眠っているようにも感じられた。ぜっぜっと荒く上下していた胸も今は穏やかに上下しており、明らかに容体は落ち着いているように見える。


「君、ふさふさだから顔色とかも分からないんだよね」


 くすっと笑いながら、子犬の頭を優しく撫でてやる。

 実家に居た頃、幼馴染の家が犬を飼っていたことを思い出す。この子と違って茶色の小さなミックスの子だったけれど、とても懐いていて可愛かった。


「私が行くと喜んで、すーぐお漏らししちゃって大変だったんだよね」


 思い出してくすくすと笑う。幼馴染がそのたびに悲鳴を上げて掃除をしていたものだった。


「相変わらずの宿無しだけど、ワンちゃん拾っちゃった」


 どうせここに到着するまで一人で野宿をして凌いでいたのだ。家が無いのはさほど気にはならない。

 時々現れるトカゲも可愛いが、やはりモフモフな生き物がいる生活とはいいものだと思いながら、莉々奈は子犬を優しく撫で続けるのだった。

輝きの実の霊泉漬け、いっちょあがりですね!

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