乙女ベットを望んだわけではありません。
様子がおかしい方のヒロインです。
エスカトレへ行くと決まった次の日。
これから荷造りとかするだろうし、きっと忙しくなる……私も頑張るぞ!!!と気合を入れていつもより早く起きた朝。
テーブルの上には焼かれたベーコンと目玉焼き。サラダとパン、野菜を煮たスープにミルクが並べられている。
はい。いつも通り完璧な仕上がりの朝食ですね……。
私の一人暮らしの頃の朝食とか、フルグラオンリーだったよ。すごいよギルさん……。
そうなのだ。ギル、寝てるのかなっていうくらい起きるのが早いのだ。とても不本意なことに、私が推しのベッドを占拠してしまっている為、リビングのソファで寝ているらしいギルの寝ている姿を、私はまだ一度も見たことがない。
当初、なんとかソファで私が寝ようと交渉し、私のすごい勢いに押されたギルは神妙な顔でこっくりと頷き、初日は私がソファで寝たのだ。というか、既に初日にソファでうたた寝をしていたのでそのまま居座ったとも言う。
しかし、翌日に彼はパンッパンになった大きな紙袋を例のごとくひょいと担いで持って帰り、中から次々とかわいらしいシーツやカバーを取り出して洗濯祭りを開催したのだった。
そして、洗濯された寝具が、イケメンパワーで動くドライヤー的なものでふっかふかに乾燥され……。
洗濯した物は、基本的に外に干さない。空気が汚すぎるので室内干しなのかって見ていたら、ギルがふかふかに乾かしていくので、当初は本当にびっくりした。
ちなみに、私の下着類はお風呂時に全部手洗いして隠して室内干ししてありますので、ご心配なく!!!!推しにそんなもの洗わせられませんので!!!!
ギルはベッドを大層ファンシーな仕上がりにした後、ドヤ顔で何か言っていて。
何度か意思疎通を図った結果、「これで女の子のベッドだね!」って言っていると知り、可愛すぎて私は白旗を上げました。
違うの、私は男のベッドに寝たくないとかそういう意味じゃなかったんだけど、推しのベッドに寝てって違うハードル高すぎるし、多分一睡もできなかっただろうし、鼻血で血塗れにしたかもしれないし。
推しがこのベッドで私が寝るのをお望みならもうそれでオッケーです。
知能指数高そうなのに、こう言ってはなんだけど……たまにおバカさんなのがすごい推せる……。
なので、このフリフリでとてもファンシーなベッドは私のベッドになりました。
何かしらしていて、結局寝るのも遅いし、相当な寝不足だと思うのだけれど。ギルの顔色は常に良く、そしていつも満面の笑顔だ。
そんな推しが朝食の並んだテーブルについていて、こちらに顔を向ける。
朝日より眩しく笑顔をいつもいつもありがとうございます。私、今なら光合成できそうです。
「シュナちゃん、おはよう」
「ギル、おはよう。ごはん、いつもありがとう」
「いつもと同じだけどね!でも、シュナちゃんに喜んでもらえて嬉しいよ」
食事を取りながら、私たちは今後の流れと、地形のおさらいをした。
ギルは私と出会ってすぐに、エスカトレ王国のコハルという街に行くことを考えていたらしい。
移動に向け、準備等も少しづつしてはいたものの、私の語学教育や、生活に慣れるほうを優先してくれてたんだと思う。
やらないといけない事があったからと言葉を濁していたけど、多分そういうことだと思う。
時折一人で出かけることもあったが、少し家を空けるだけですぐ帰ってきていたのは、多分私が一人で心細いだろうと思ってくれてたんじゃないかなって思う。
常に一緒の空間にいるんだけど、私は本を見ながら字を読んでみたり書いてみたり。その間、ギルはダイニングで何かしら自分の仕事をこなしているので、ちょうどいい距離感があってそれが心地よいから不思議。
コハルの街へ行くにあたり、準備はしないといけないけれど、ここからは必要最低限のものしか持って行かないらしい。
これって賃貸なんだろうか、それとも持家なんだろうか……??
疑問は尽きないけれど、賃貸と持ち家の違いだとかを上手く伝えることが難しいのでそのへんは聞かなかった。
相手が話していることを聞くことは、割とできるようになったのだけど、自分の考えと思っていることを伝えるほうがものすごーーーーーっく難しいと感じる。だから赤ちゃんは泣くんだろうな、となんだか妙に納得する。
朝食を終え、食器を流しへ持って行き洗う。
これは私が申し出てもぎ取った大事な役割なんだけど、いかんせん蛇口から水が出てきてくれない。
それというのも私の手では魔法石(仮)が反応してくれないからだ。
なので、水瓶から直接水を汲んできて洗うという大仕事なのだ。
もちろん、ギルが手をかざせば水は勢いよく出てすぐ終わるんだけど、でも私もなにかしないと。私もやるぞ!!!という強い意志を汲んでギルは私の好きにさせてくれてる。天使なのかな???
食器を棚へ戻し終えると、タイミングを見計らったように声をかけられた。
「シュナちゃんに、これプレゼント」
そういって渡されたのは、革製のキャリーケースだった。ベルトで留まる仕様になっていて、めっちゃめちゃかわいい。しかも驚くべきは……。
「えっ、すごい」
なんと、キャスター付きで持ち手も伸びる。
元の世界で使っていたキャリーケースと遜色ない便利さなのだ。キャスターもきちんとゴムがついていて音が響かないようになっている。
すごい。異世界でも同じような形態になっていくのか……。便利の最終形態ってだいたい同じになるんだなあ。
「クロース商会のもので、女の子に人気があるんだ」
「すごく可愛い……!ありがとう、ギル」
よく分からないけれど、女の子に大人気ブランドのキャリーケースを推しに貰ったようです。
今すぐ死んでも大丈夫なくらい嬉しい私に、ギルがキャリーケースを開けるように伝える。
中を開けると、これは……服?
持ち上げて確認すると、ずっしりと重たいコートだった。濃い茶色なんだけど、赤いリボンがアクセントになっていてとてもかわいい。
かわいいけれど、この分厚さと生地は防風性・防寒性共に大層優れていると思われる。一体おいくら万円したのかは考えないことにした。
最初のうちは色々渡されても断っていたのだけど、断ると凄く悲しそうな顔をされて私のメンタルが死ぬので、開き直って受け取ることにさせて頂きました。
いつか、私が仕事ができるようになって、何かお返しができたらなって思う。
今までのお礼には到底足りないけど、それでもそれが目下の現実的な目標だ。あと、通りには銅像を立てる。
そして、そのお高そうなコートの下から現れたのは……。
「わあ……ヘルメットだ!」
茶色の革で覆われた、レトロでかわいいハーフヘルメットだった。装着されているゴーグルがまたかわいすぎる。
「そう。ヘルメットだよ」
何気なく返ってきたギルの言葉に驚いて顔を上げる。
今、ヘルメットって言った。
私の知っているカタカナでヘルメットって言った。
驚きすぎてぽかんとしている私に、ギルはきょとんと首を傾げた。
はい、可愛い。その首かしげるのだけで国が傾く戦が勃発しちゃう。
はい、ありがとうございます。
でもこれはちょっと看過できません。ちょっと考えよう。
発音が全く同じ言葉が存在したとしよう。
それは元の世界に居た時も稀にあったことだ。しかし、それらはだいたい全くの別物で、たまたま発音が同じ物なだけだ。
でも、今回のこれは違う。
明らかに私の知っているヘルメットであり、こちらの世界でもヘルメットなのだ。同じ発音で、同じ物を指している……。
違う世界で、多少似通っているとはいえ、言語も全く違うこの世界で、そんな偶然が起きる確率はとても低いように思える。
もしかして、この世界には私以外にも異世界人……それも、もしかしたら日本人が居るのではないだろうか。
順応するのと推しが尊いので毎日必死だったけど、もしかしたら帰れる方法もあったりする……?
私があちらの世界で行方不明になってから一ヵ月。きっと大騒ぎになっているだろう。
優しい両親に、口は悪いけど優しい妹の顔がちらつく。
そして何より、あのアパートに帰らないと。もし幼馴染がふらりと帰ってきて、私が居なかったらとても心配すると思うし。
異世界へ来てしまい、どうやら元の世界には帰れなさそうだと思った瞬間、見ないように、考えないように蓋をしていた部分から、色々な思いが溢れてくる。
黙りこくった私を、ギルはじっと見つめているだけだったが、ヘルメットに装着されていたゴーグルを取り外し、私の首にそっとかけてくれた。
「シュナちゃん、ほら、こっちはゴーグルだよ」
「ゴーグル……。そうだね、ふふっ、ギル日本語しゃべれるんじゃん」
思わず日本語で返事をしてしまう程に、それは日本語の発音だった。
流暢にゴーグルと言われて、笑ってしまう。英語のゴーグルでもない、間違いなくカタカナ日本語の発音なんだもん。
なんで日本語を?とか難しいことは言えないし、たぶん伝わらない。ギルもなんでゴーグルなのかって言われてもゴーグルだからとしか答えようがないだろうし。
だから今は、この世界の言葉をしっかり覚えて、しっかり順応して、足元を固めてからこの痕跡を辿ろう。
もし、日本人が居るのなら会ってみたいし、帰る方法があるなら知りたい。
方法が存在していても帰っていないのであれば、恐らくなんらかのリスクがあるということだろうし、それも含めて全部知りたい。
私はこの世界では、やっとおしゃべりができるようになった子供くらいの能力しかない。
許されるのならば、色々なものにたくさん触れて、知って学ぼうと思う。たぶん、それが一番の近道だ。
.✫*゜・゜。.☆.*。・゜✫*.
足先に感じる冷たさに目を開ける。
でも、現実の私は寝てるし、これが夢だって分かっている。
ここは、何度きても静かな夜だ。
夜空には星々が浮かぶけれど、海中の光が煌めいているからどちらが空で海か分からなくなる。
ハンギングチェアに座ったまま、足元の水をちゃぷちゃぷとしていると、背後から声がかかった。
「お嬢さん、こんばんは」
一番最初にここにやってきた時以来だ。
何回もこの場所にやってきているけれど、この人に会うのはまだ二回目だ。
「こんばんは。……えーっと……?」
私は言葉に詰まってしまう。そういえば、この人が誰なのか知らない。
「私は、星海の防人」
「防人……ええっと、ここを警備してる人ってこと?」
「そうです。あとは、お嬢さんみたいな人がうっかり海に落ちないように見ています」
ふふふと笑う声は柔らかかったが、背の高さと声からして男性なのだろうと思えた。
「防人さんは、ここでずっと一人なんですか?」
「そうです」
ここは息を呑むほど美しいけれど、ずっとここに居たら寂しくてたまらないと思う。
海中の光はみんな仲良く寄り添って光り合っているけれど、手が届く程近くはないし、天の星は遠すぎて手を伸ばそうとも思えない。
波の音が響き、静寂が訪れ……そして、現実の私に朝がそろそろ訪れる。
.✫*゜・゜。.☆.*。・゜✫*.
イケメンは火も出せるし水も出せるし、温風も出せるみたいです。




