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適量と好みは人それぞれです。

 推しと出会ってから一ヵ月、同じ空気を吸わせて頂きました。


 おっといけない。ギルという男性に拾われてから一ヵ月が経過した。

 

 といっても、この世界においての日数の数え方とか分からないので、私が持ってたメモに書いてた日数が、30日経過ってだけなんだけど。


 私がバイトから帰ってた時は六月だったけど、ここは少し肌寒い。四月位なのかなと思ってはいるけれど、そもそも年中寒い土地かもしれないし、そうなのかすらも分からない。


 右も左も、言葉さえも分からない。

 そんな状態で、こんな天使のような人に拾われた私は本当にラッキーだったと思う。

 

 ギルは、誰が見ても格好良くて。一緒に居るようになってからと分かったんだけど、ふとした時にする仕草がヤンチャで。


 何よりも、家事一般全て全力で済ませるスーパーマンだった。朝食フルグラ、晩ご飯は半額お惣菜だった、生活力皆無な私には眩しすぎる。電子レンジがマブダチさ……。


 言葉が通じないのに、彼は私が帰れないことを不思議と理解していたようだった。


 こちら風の女性服を買ってきてくれて、渡してくれた。のは分かるんだけど……。


 化粧水やら、櫛やら、替えの下着までを一揃えにした紙袋をにっこり笑顔で手渡してくれた時、私はなんかもう居た堪れなくて崩れ落ちました。


 まあ、ずっと同じ下着着たままとかメンタル死んじゃうので有り難く受け取りましたけどね!


 外は危ないと身振りで示され、ひとりでの外出はしたことがないものの、食料品の買い出しには連れて行ってもらえました。


 しかも、危ないので手を繋いで。


 手を!!!!!繋いで!!!!

 

 これ実質デートではってニヤニヤしてたら、私のニヤついた顔を見たギルが、とても嬉しそうに微笑まれたので、煩悩にまみれきった私は、あやうく浄化されるところでした。危ない。


 名前もちゃん付けされてるし、多分年齢より幼く見られているのかなと思って、25歳だよ!って伝えることは出来たけれど、ギルの私へ対する態度は相変わらず紳士的というか保護者的なままである。


 出掛ける度に手を繋がれるのは恥ずかしいけれど、迷子防止のリード代わりと思えば最近は気にならなくなってきたので、慣れって怖い。


 この一ヵ月の間に数回の外出を重ねただけだけど。それでも、この世界が私の世界とはだいぶ違うのは分かった。


 この街を動かしている動力は、恐らく蒸気なのかなーと思う。私の浅い知識を総動員した結果だけど。

 あちこちから蒸気がもくもくしているし、音もとてもうるさい。現代だとクレームで電話鳴り止まないレベル。


 あと、その蒸気を作る過程の影響なのかなんなのか分からないけど、空気がとても汚い。

 橋の下は、見たこともない位に濁った水が流れていたし、その岸には数えきれないほどの掘っ立て小屋が立っているのも見えた。

 恐らく、治安も衛生状態もかなり悪いと思う。

 

 貧富の差が激しいと思った。私が思う普通の身綺麗な格好ですらも、かなり裕福な方だと思う。


 私たちは、いわゆる普通の暮らしができているから、かなり豊かな生活をしていると言える。と言っても、私はただ養って貰っているだけなんだけども。


 でも、私にできることなんて、本当に、爪の先ほども、本当に何もないわけで……。そもそも今ここで手を放されたら死ぬしかないわけで……。


 出会ったあの時に見放されるのと、今の関係性から見放されるのとでは全然違う。死んじゃうとかいう以前に悲しいし、寂しい。


 物思いに沈んでいた私の手が、ぎゅっと握られ引かれる。はっとして顔を上げると、心配そうに顔を覗き込む優しい顔があった。


 「シュナちゃん?」


 私よりも心配そうなその顔に、先程までの気持ちが嘘のように晴れていく。


 きっと大丈夫。この人は、そんな事をする人じゃない。


 でも、このまま役立たずはダメだ。推しを養えるくらい勉強しよう。通りに推しの銅像立てられるくらい稼げるようにならなくては。



✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎



 帰宅後、ギルはいつも私に石鹸で手洗いをさせる。


 ローズの香りでとても癒されるし、なんだか手も潤うような気がする。


 私の推しのチェックはとっても厳しいので、爪先から手首まできちんと洗う。

 小学校の手洗い場によく貼ってあるポスターと同じやり方なので、手洗いの最終形態はどこの世界でもこうなるんだなーと感心する。


 あと、緑色のうがい薬で仕上げなんだけど、何回口にしても、緑茶の味がする気がするんだよね……。


 いや、やっぱりこれ濃いめの緑茶では……?


 緑茶疑惑はさておき、衛生面までしっかりとしている、そんなしっかり者のところも推せる。


 水は、三日に一度。ギルがどこかから仕入れてくるのだろう。大きな甕に貯めて使っている。


 確かに筋肉はついているけど、細身に見える彼が、大きな水瓶をひょいと持ち上げた時は心底びっくりした。


 鍵がタンスの下に滑り込んでしまった時も、ひょいと持ち上げてくれてニッコリしていたけど、一体どこにあんな力があるんだろう、と思ったもののニッコリ微笑む顔を見てたら、どうでも良くなったよねー!!!!尊い笑顔だなー!!!

 

 ちなみに、私がタンスを持ち上げてみようとした所、頑丈なタンスさんはピクリとも動かなかった。


 出てきた鍵が何か知らないけれど、ギルはそれが私の持ち物だと思ったんだろう。猫の木彫りモチーフと一緒に紐に通して渡してくれた。「失くさないように」という推しの強いメッセージを感じた私はそこから常に首にぶら下げている。


 料理は、ギルがしてくれるのを見ている限り、コンロじゃなくて卓上IH的なものに鍋を乗せて調理をしているようだった。


 お湯に関しては、水差しがあって、それに嵌ったルビーみたいな赤くて透明な石に、ギルが手をかざすとなんかお湯が沸いてた。なので仕組みは分かりません。


 お風呂に関しても、私が入る時はもうすでにタライにお湯が張ってあるので分からないけど、なんかルビーに手をかざして……なんかもうイケメンパワーで沸かしていると推測しています。


 実際、魔法があるのかな、とも思ったけれど。私が思っている魔法とは少し違う、生活便利グッズ的な扱いなので、魔法というよりは魔法石とかに依存してるのだろうか。


 魔法石(仮)のエネルギーが無尽蔵なら、街のエネルギーが蒸気なのはおかしい気がするし、使い切りもしくは充電式で効率悪いか、街のエネルギーを担うにはパワー不足なんだろうか……。


 魔法石(仮)のことを聞いてみたら、それはもう顔を輝かせて一生懸命説明してくれた。なんなら紙とペンを持ってきて図まで描いてにっこにこしながら説明してくれたものの、いかんせん言葉の壁と私の頭の出来という致命的な壁に阻まれてよく分かりませんでした。


 でも、この石は元々はただの水晶なんだそう。そこに適応した……炎だとか水だとか。そういう力を込めるみたい。やり方はよく分からないけども……。


 その不思議な力を込めると精霊石と名前を変えるそう。


 元々の水晶の大きさというか、容量によってどの程度持続できるかとかが決まってくるみたい。


 機械だとか、精霊石を使った道具だとか。そういうものがギル大好きなんだろうな。


 ガラスペンで紙に書いてくれて、一生懸命説明してくれている間、目がきらっきら輝いていて国宝級の宝石かと思った。かわいすぎる。


 ちなみに、私が精霊石に手をかざしても何も起きませんでした。はい。知ってた。恥を忍んで「炎よ……!」とか言ってみたけど、当たり前に無反応。

 これが魔力的なもので動いているのだとしたら、私に適正は無しですね。はい、知ってた。


 オタクだった私が日頃「異世界行ったらどうする?」って想像していたより、この世界はずっとずっと発展してた。


 仕組みは不明だけど、夕方になると自動的に街灯が灯るし。

 家の近くの大きな門は、街灯が灯った頃になると、大きく軋みながらその門を閉ざしてしまう。

 小さな冷蔵庫はあるし、洗濯は手洗いだけど。IHコンロがあるもんな。


 道を行く車は当然無い。だいたいが馬車だ。

 車は無いけれど……時々、なんとバイクを見かけるのだ。


 小型のバイクは見かけないけど、たまに見かけるバイクは大きくて、いわゆるアメリカンな感じだった。幼馴染の弟くんがバイクに乗っていたので、ほんの少し知識があるのだ。


 バイクを見かけたとき、驚いて二度見どころか五度見くらいをしていた私を見たギルが、こっくりと頷いて「わかるよ」って言ってくれた気がした。


 違うの、ギル……。田舎者でびっくりしたんじゃなくって、見知った乗り物があるからびっくりしただけであってですね!まあ、カタコトなので詳しくお伝えできないんですけどね!


 そう。言葉通じない問題ですが。


 ギルが付きっきりで言葉を教えてくれたので、なんとか少し……意志疎通くらいはできるようになりました。

 

 私が理解できなかったり、発音できなくても、根気強く諦めず教えてくれた。


 ああ、こういう所なのかな。こういう所が、大好きな幼馴染に似ていて、安心するのかもしれない。


 幼馴染はさらさらロングヘアーの天使美少女なんだけど、見た目に反して「やるからにはとことん極める」「できないなら、できるようになるまで何度でもとことんやる」という、泥と汗にまみれたド根性体育会系だった。ある程度できるようになったらすぐに他のジャンルへと走る、中途半端な私とは違う。


 ちなみに私の髪の毛は少し色素は薄いものの黒髪で、さらさらストレートとはかけ離れたくるくる天パーだ。

 雨が降る前日はくるっくるの、くるっくるの、まじでくるっくるになるので歩く天気予報なんてからかわれた事もあるくらい。

 伸ばすと重さで少しマシになるから、解くと胸上くらいまであるけど、邪魔だしいつも高い位置でくくってる。


 別にくるくるもかわいいじゃん。とは思ってるけど、莉々菜のサラサラストレートまじ羨ましいといつも思ってた。

 莉々菜は、くるくるで羨ましいと言っていたので、お互い無い物ねだりなのはよく分かってる。


 ギルも見た感じ優しげで落ち着いたイケメンだけど、芯がしっかりしてるっていうか。できないこと無い感じが似てるのかもしれない。多分、出来るようになるまで頑張るタイプだと思うし、好きなことはとことん突き詰めるそんな同志としての素養を時々感じる。


 そんな彼が、私なんかを何故養ってくれているのか全く不明なんだけど。

 ……はっ!!もしかして天使なのかな?????


 しかし、ギルは何をしている人なんだろう。彼が仕事に行くのを見たことが無い。

 でも、お金に困っている様子なんかも全くないし……。


 大地主なのかな。でも、そんな感じはしないし、異世界らしく、冒険者的な…?戦い慣れしてそうな雰囲気もあったけど……。いや、あの物腰の柔らかさ、尊さから考えるにどこかの国の王子様ということも……。ぐふふふ、ミステリアスな推し、素敵すぎる……。


「シュナちゃん」


 ソファに座って妄想もとい物思いにふけっていると、テーブルで地図らしきものと睨めっこしていたギルの、低いけど優しい声で呼ばれる。


 やばい、心の声漏れてなかったかな。

 ここに来てからというもの言葉が満足に通じないので、妄想癖が悪化してきてる気がする。気を付けよう。


「シュナちゃん、こっちおいで」


 おいで、は最初に覚えた言葉だ。随分と懐かしく思いながら近くに寄ると、ギルは広げた地図の左側の広い範囲を指でぐるりと囲った。


「ここは、ヴァルナ」

「ヴァルナ」


 さらに、先程の範囲の中央。お城のマークの下を指さす。


「オレとシュナちゃんは、ここ」

「私とギル、ヴァルナにいる」


 ギルは伝わったことに満足げな笑みを浮かべる。眩しい。浄化されちゃう。


 私の今居る街はお城マークの下、ヴァルナという町らしい。

 でもここ、お城なんてあったっけ?私がまだ行ったことが無いのかな。


 地図の中央に描かれている大きな木を挟んで右。今いるヴァルナは左側だから、ちょうど左右反対の広い範囲を指でぐるりと囲い、指でとんとんと示してくれた。


「ここ、エスカトレ」

「えすかあとれ」


 ギルは頷き、その東側のエスカトレの西端、大きな木のすぐ隣を指し示す。 


「エスカトレの、コハル」


 地図の中央には、大きな木が描かれている。

 今居るヴァルナは木の西側。木の東側がエスカトレ。太い線で区切られていることから、別の国だと思われる。

 エスカトレの中でも西の端。ヴァルナとエスカトレの境界線にほぼ近くて、大きな樹木のほぼ真下に位置しているのがコハル。


「今度、コハルへいくよ」

「わかった。コハルいく」

 

 どうやら、今居るヴァルナという所から、エスカトレのコハルという場所へ移動するらしい。

 

 ギルは、私に向かって色々な説明をしてくれた。

 でも、長文はまだ所々しか分からない。

 聞き取れても、その言葉が何を指しているかいまいちよく分からないのだ。


 その中で間違いなく分かったことは、今いるヴァルナは危なくて。

 エスカトレに一緒に来てほしいというのはなんとなくわかった。

 危ないの指す意味が治安なのか環境なのか何なのかは不明だけど。


 そして、たぶん……私の為に安全なエスカトレのコハルという所に行くつもりなのも、なんとなくわかった。


 正直、私に選択肢なんて無いし、外に放り出されたら前みたいに変な人たちにつかまって終わりなのだ。でも、ギルは私に聞いてくれる。


 全ての衣食住を賄ってもらい、通訳も説明もしてくれるギルが居ないと、この異世界で生きていけない。


 幼馴染に「推しを失ったら生きていけない」と言ったら「推しめっちゃ居るじゃん。シュナの推しめっちゃ増えていくじゃん」って言われたことがあるけど、この世界の推しはギルだけだから、本当の本当に、冗談抜きで死んでしまう。物理的にもメンタル的にも。


 ギルが出してくれるサラダには、いつもドレッシングがかかっていない。横に違う種類のドレッシングがいくつか置いてあるのだ。好きな味を、好きな量でかけなさい、という優しさだ。

 

 ギルがしてくれることに間違いはない。そして、選択肢が無くとも必ず聞いてくれる優しさが尊いのだ。ほらね、私の推しすごいでしょ。


「お願いします」


 私の返事に、心配そうにこちらを覗き込んでいた森と夜空のような双眸が嬉しそうに細められ、ギルは深くうなずいたのだった。

ドレッシング、自分で好きな量かけたいですね!

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