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ぐるぐる巻きのクッキーもください。

 私は今現在、親切な上に顔も良いパーフェクト男性の自室で紅茶を飲んでナッツクッキーを食べています。幸運すぎていつ死ぬのかとても心配です。


 このクッキー、めちゃくちゃおいしい。もう一個あるぐるぐる巻きになってるクッキーも食べたい。ちょっと図々しいかな……でもこれは私のために準備されたものだし、食べないと失礼だよね!!


 そう自分に言い訳をしてぐるぐる巻きクッキーに手を伸ばす。


 や、最初はね。さすがに自宅に上がるのとか、そんな図々しいことはさすがにお断りしようと思ったんです。


 外套を着せて、何事か話してくれたけど、全く分からない様子の私を困ったように見ていた彼は、多分もう面倒くさくなったのだろう。私をひょいと抱き上げて、慌てる私が下りてしまう前に軽々と駆け出したのだ。


 ちなみにお姫様だっこじゃなくて、子供を抱っこするときの縦だっこである。恥ずかしい。お昼ごはんのパスタ、半分に減らしておけばよかった。


 薄暗い通りを抜け、人通りが少しづつ増えるとさすがに視線を感じ、いたたまれないので下ろしてもらったけど、降りたら降りたで痛くないほうの手を優しく引いてくれて、優しい……!でも、手を離したら迷子になるなって見透かされてる感も否めない気もしますね!!!


 そのまま街を抜けて、集合住宅的なこの場所に連れてこられた。勝手知ったると言う感じだったので、彼の自宅だと思われる。


 帰り道が消えた以上、私に断る理由はないし、どこにも行く当てもない。


 それにこんな親切イケメンの誘いを断れるわけがない。私ごときがそんなことしたら、地獄に落ちると思う。



 見ず知らずの男性の部屋に上がるなんてと思いはしたけれど、ニコッと微笑まれて促されると何も断れない。はい、喜んで!!!!ってなっちゃう不思議。多分私が推しの押しに弱いの知ってると思う。


 これまたシンプルだけれどオシャレなソファに座るよう促され、腕を冷やしてもらった後、何かひんやりする薬を塗って頂き、丁寧に包帯まで巻いてもらってしまった。


 包帯を巻く程のケガではないでしょうってビックリしたけれど……多分、あのホラー映画チックな手形の痣が、人の目に触れないようにしてくれたのだ。


 別にこの人のせいで怪我をしたとか、そういうわけじゃないのに。ここまでしてもらっていいのかなと思いはしたものの、痛いものは痛いし、この痣は目立つから隠してもらえてすごく嬉しかったし。他に頼れる人も居なさそうなので甘えさせて頂きました。


 本当にいい人すぎて、何もお返しできないんだけど大丈夫かなって心配になってきた頃……。


 手当てがひと段落したので、なんとこのイケメン、飲み物とクッキーを出してくれたのだ。

 気遣いパーフェクトなの???恐ろしい子……!!!


 お上品な柄のティーポッドから出てきたので、お紅茶なんだろう。とても優しい香りで落ち着く……。

 よーく嗅ぎ分けると、ローズとベリーの香りがするような気もする。ふぁああってなる素敵な香りだ。ほのかにバニラの香りも漂ってくる。フレーバーティーなのかな。


 いい匂いを、ふんすふんすと存分に堪能していると、視線を感じた。

 推しがにこやかに見守っている。にこやかに、というか楽しそうに……。

 私、何もしてませんし。お上品に香りを堪能しておりましたのよ、おほほほ。


 慌てて目を逸らすと、バスケットに盛られたクッキーを差し出される。

 えっ、食べていいの?めっちゃお腹空いてるけども……。


 こっくりと頷き、さらにずいっと差し出されたので、頂きます。


 丸いクッキーはサクサクで、チョコと何らかのナッツが砕かれていて、ザクザクしていて最高においしかった。


 イケメンは心までもイケメンだったのだ。

 いや、天使なのかな????


 そして冒頭に戻り、私はぐるぐる巻きのクッキーにまでもありついたのであった。


 ひと心地ついて、改めて天使を観察してみる。 


 まるで太陽の光を集めたかのような細い金糸の様な髪の毛は少し癖があり、ところどころお行儀悪く跳ねている所がある。やだ、かわいい。


 深い森を思わせるような碧の瞳……かと思いきや、よくよく見ると左目は深い菫色なのだ。美しい。

 そして、その宝玉を縁取る金の睫毛。芸術なの???


 見た目だけでもめちゃめちゃ推せる。

 正直、三次元で推せる人に出会えるとは思ってもいなかったよ……。

 さっそく今から推していきますね。ありがとうございます。


 程よく鍛えられた体だけれど、所作には全く乱暴な所がなく、先ほどの男共たちとは比べるのも失礼すぎるほど穏やかだ。


 え、やっぱり天使なの???

 友達がスパダリいねーかなって言ってたけど、ここにすごい逸材いるよ。

 ただし言葉が通じないんだけどね!!


 そんな推しがとても優しく、丁寧に私と意思疎通を図ろうとしている……。


 そりゃあもちろん、私も理解したいんだけど。

 何度か会話を試みてみたんだけど、もちろん日本語ダメ。英語ダメ。カタカナ英語もダメ。

 そもそも私の語学力がダメ。


 日本語すらも難しいよね!って常日頃から思っています。はい。


 部屋には窓がひとつだけで、窓は閉じているけどカーテンは開いている。

 そこから月が見えるのだけど……なんと、仲良く二つ並んでいるのだ。


 この場所に連れてこられる途中でなんとなくは察してはいたんだけど。

 ここはいわゆる異世界というものなんだと思う。


 この世界に来る前の私が聞いたらきっと「うっひょおおお!!スキル確認しよ!!」とか大はしゃぎするんだろうけど……。

 現状の私の意見としては特別な変化は感じないし、ケガしても全然治らないし。めちゃくちゃ痛いし。ひどい目にあっても何のミラクルパワーも起きなかった。あ、イケメンはやってきたけども。


 どうやら私は普通に迷い込んで来たんじゃないかなって思う。


 言葉が全く通じないのはもちろんのこと、スマホは当たり前のように圏外。

 この部屋に来てからあちこち移動してスマホをぶんぶん振り回す私を推しがきょとんとした顔で見ていたっけ。つらい。


 街にしたって、見慣れないレンガの壁だったし、日本人になじみ深い電柱と電線は全くない。

 代わりに、あちらこちらに這っている太い鉄パイプからは蒸気がもうもうと噴き上がっていた。

 

 先程の男たちもそうだけど、この世界はあまり治安が良いとは言えなさそうだった。

 それに、空気も澱んでいてなんだか息苦しい気もする。


 ここに連れてきてもらう途中で見かけた人たちの服装は、ファンタジーな世界から飛び出してきたかのように様々で。

 当たり前のように剣を下げている人も、鎧を纏っている人も、ボロ布を身に纏って道端で物を乞う親子も見かけた。


 現代的な服装の私では目立つと思ったのだろう。移動する前に外套を着せてくれたのはそういうことかと、手を引かれながら思った。


「……〇#$?」


 推しの落ち着いた低めの声に、物思いに沈んでいた意識が浮上する。


 いやあ、低めなんだけど優しい声音で本当落ち着く声なんです。声にもリラクゼーション効果があってすごい!!


 慌てて顔を上げると、普通に喋っていた先程までとは違い、ゆっくり、はっきりと一文字づつ区切って何かを伝えようとしている。


 トントン、と軽く自身の胸を叩き、丁寧に言葉を区切って話してくれている。


「?」

「……ギ、ル……」

「ギ、ル?」

「!!」


 聞き取れた単語をオウム返しにすると、イケメンは花が綻ぶように笑った。

 ぎゃあ!尊くて目が潰れそう。


 でも、彼の意図が分かって嬉しい。私も興奮気味に頷いて言葉を返す。


「……!!……ギル!!」


 やっと意志の疎通ができて嬉しかったのだろう。自分の胸元をドンドンとたたきながらギルと繰り返し、満面の笑みで頷いている。叩く力が強すぎると思うんだけど痛くないのかな。

 でも、かわいい。ちょっとやんちゃな叩き方なのも推せる。


 しかし分かったぞ。イケメンの名前はギルだな??

 伝わるか分からないけれど、私も自身の胸元をトントン、と軽めに叩いて名乗る。


白澤(しらさわ)柊奈(しゅな)

「……サーナ?」

柊奈(しゅな)!シュナ!!」

「シュッナ」

「惜しい!!柊奈(しゅな)

「オーシュ?」

「……シュナ!!」

「……シュナ?」


 何度か繰り返すうちに正しく呼ばれ、私の顔も思わず綻んだ。

 こくこくと頭を上下に動かして頷く私に、イケメン改めギルがまたもや嬉しそうに微笑んだ。


 異世界にやって来て、ほんの数時間。

 なんでこんな事にとか、これからどうしようとか。そんなことを吹き飛ばしてくれるような笑みだった。



.✫*゜・゜。.☆.*。・゜✫*.


 足先に冷たい水の感触がして目が覚めた。

 眠たい目を擦ってあたりを見渡すと、夜の海岸に設置された椅子……鳥かごのような形の、いわゆるハンキングチェアで、ソファが敷き詰めてある中に私は腰掛けていた。


 足元には水が満ちてはいるけれど、くるぶしが浸る程度だ。


 ギルと少しだけど、意思疎通ができたあと、ギルが着替えてくるって身振りをして別室に行って。

 私はソファで待っていたんだけど、色々あって疲れてたせいか少し眠たくなってきて……。


 あ、そうか。これは夢なんだ。


 立ち上がってみると、やはり水はかなり浅い。

 眼前には果てしなく広い海……かな?


 夜で暗いはずなのに、ほんのり明るい。

 それは、海の中にある何かがぼんやりと発光してるからだった。

 

 いろんな色があるみたいで、興味を引かれた私は数歩先へ進んだ。


「お嬢さん。それ以上進んではいけないよ」


 背後から低いが柔らかい声がかけられ、私は足を止めた。

 振り返ると、いつからそこにいたのだろうか。ローブを着た人影が、先ほどのハンギングチェアの隣に佇んでいた。


「何で先に進んだらいけないの?」

「その先は急に深くなっているからですよ、お嬢さん」


 なるほど確かに。少し先にある光はぼんやりとしていて輪郭が分からない。水深が深そうだ。

 海の様子を確認して振り返ると……。


 先ほどの人物は消えていた。


 あとに残ったのは、波の音と足に感じる冷たさ。

 眼前にある海は無数に光りがちらばり、まるで夜空のようだった。

 見ているとなんだか胸がぎゅっとしてきて泣きたくなるような。そんな美しさだった。



.✫*゜・゜。.☆.*。・゜✫*.

ぐるぐる巻きのクッキーは、ぺろぺろキャンディーみたいな見た目のクッキーです。

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