口溶けしっとり、滑らかな口当たりのザッハトルテじゃあるまいし
「ここの鉱山を越えると、エスカトレ王国に入れるんだけど……」
随分距離を走った後、岩の多い地帯へと入り……段々と険しくなる道の途中でバイクを止めたギルは、とある看板の前でバイクから降り、看板の文字を指さした。
「シュナちゃんには申し訳ないんだけど……今回ばっかりは、ちょっと出るかもしれないんだよね」
えっ、お化けでも出るのかな、流石ファンタジー。
本当に何も戦う術とかないんですが、料理用の塩とかで対応できるのかな。ギルが使う塩だから多分浄化されてる気がするんだけど……。
私もサイドカーを降りて隣に立って看板を読んでみる。だいぶ風化してしまってはいるが、それでも読み取れる。
「ヴァルナ帝国人は許可無く流出不可……あ、そっか。ヴァルナの人は国を出たら死んじゃうんだっけ」
どんなに劣悪な環境となってしまった帝国でも、逃げ出すことができない。悲しい帝国民のことを思い出して、胸がぎゅっと苦しくなる。
不幸な事故が起きないようになのか、親切な看板だなと思い、続く下の文字へと目を走らせる。
「貴石豊富につき、魔物多数出現注意。SSランク以上の冒険者を含む者以外の立ち入りを禁ずる…………ん?」
貴石はもう知っている。
ぱっと見は宝石のなんだけど、聖力という世界の生命力が詰まった精霊石の最上位となる物質だ。
と、いうことは……。顔が分かりやすく引き攣るのを感じる。
「も、もしかして、魔物って聖力のある人間以外に、貴石も大好きだったりしちゃう?」
「大当たり!さっすがシュナちゃん。察しがいい所も大好きだよ」
えっ、さらっと大好きって言われた。ありがとうございます、ありがとうございます。私も毎日尊さに目が眩みますが毎日大好きです。
って、騙されないぞ!!!!あぶない!!!
最近、私が推しの押しに弱いことに気づいた推しが勢いで押し切ろうとしてくる!!!危ない!!!
「いや、えっ、魔物が出るの!?!?いや、そもそもSSランクって何!!!!」
「貴石は聖力の詰まった、とっても高級なデザート感覚らしいよ」
「なるほどー。ヒト族はメインディッシュで貴石は口溶けしっとり、滑らかな口当たりのザッハトルテ的な。別腹デザート……ってそんな今までこんな危険な所通らなかったよね!!??」
「うんうん、コハルに着いたら美味しいザッハトルテのお店に連れていってあげるよ。……大丈夫、何があってもシュナちゃんはオレが守るよ」
碧と菫色の瞳が真摯に輝く。出会った当初の私なら鼻血を噴いて倒れているだろうが、今の私は一味違う。二十四時間一緒に推しと生活という厳しい修行を日々こなしているのだ。舐めてもらっちゃ困る。安全なルートの提案をさせてもらおうじゃないか!!!!
「ギルのことはもちろん信じてるし、付いていくよ。でも、今までこんな危険そうな所は通らなかったのにどうしたの?」
ごめんなさい、これが精いっぱいでした。
鼻血が出なかっただけ進歩したと思ってください。
ギルが戦っているところって見たことないけど、最初に出会ったゴロツキAのリアクションからするにちょっとした有名人ぽいので、それなりに強いのかなと思ってる。
それに、ギルが私を危険な目に遭わせることはまずないと思ってるし。
自惚れかもしれないけれど、わざわざ危険な所に連れていくとは思えない。
「一応、街もあるけど……ヴァルナ帝国至上主義の偏屈辺境伯が治めている街で。そこを通るのはちょっと厳しいかな……昔ちょっとやらかし……」
「やらか……?」
何かいいかけてやめたギルに、私は首をかしげる。
ギルは咳払いをし、腕を組んだ。細くて長い芸術の様な指がトントン、と腕を叩いていて、彼が少し思案しているのが分かる。
「そこは辺境だから、外へ逃れたい帝国人とむざむざ命を落とさせたくない辺境隊との衝突が激しくってね。気性の荒い男も多いし、そこのレディたちも……はあ……。ちょっと思い込みが激しい人も多いし……とにかく、そんな危険な場所へは連れていけないよ。魔物のほうがずっとマシだ」
なんだか誤魔化された気がするけれど、どうやら危険な場所みたい。レディの辺りで心の底からのため息をついていたし、ちょっとクセのあるお土地柄のようだ。
そういえば、首都を旅立ってから人のいる街に立ち寄ったことなく国境付近まで来ている。ギルにも何かしらの理由があるのか、それとも物知らずな私を連れているから立ち寄れないのかのどっちかかなって、なんとなく思っていたけど……。
どこの世界でも、一番怖いのは人間というのは共通のようだ。
それよりは魔物が出るかもしれない鉱山のほうがマシってことなのかな。魔物を知識でしか知らない私には魔物のほうが断然危険に感じるけど……。
「ランクについては、シュナちゃんは完全なる一般人だけど……。オレが一緒だからいいんじゃないかな」
「ほ、本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。オレがシュナちゃんを危険な目に合わせたことある?」
「ない!!!」
むしろ、いつも助けてもらってばかりで、ギル大明神様々なのだ。疑ったりしてごめんなさい。地獄の底までお供します。
ランクの定義がよく分からないけれど、どうにもクロース商会は現代日本人の気配が感じられる……ので、SSランクというのはソシャゲ的には当たりキャラ……つまりめちゃ強い人じゃないと通っちゃダメよということではないのだろうか。
そして、私を連れてでも通れると断言するギルはもしかして……。
「さ、山登りの準備をしようか」
ギルに促され、私は考えるのをやめる。
どうせ何かが出たら分かることなのだ。
サイドカーに乗り、いつもの定位置へと納まった私を見たギルは頷いた。そして、両手を組み何かを唱え出した。
私が学んできたこの世界の言葉とは違って、歌っているような……聞き取れないけれど優しい音色だ。
優しい音色に呼応するようにギルの重たいはずの外套がブワリと浮かび、ギルの両腕は柔らかい緑色の光に包まれる。
「大切な人だ。頼んだよ、シルフィ」
最後の呟きは私にも聞こえた。
それと同時に、ギルの両腕にまとっていた柔らかい緑の光はぎゅっと収束し……小さな妖精の姿になった。
「!?!?」
びっくりして、口をぱくぱくさせるしかない私の目の前へと、妖精はピュンと飛んできた。
よく知っている、永遠に少年な男の子と一緒に居るナントカベルとは違ってもう少し小さい。
私の中指くらいの大きさなんだけれど、見事に妖精なのだ。ちなみにふわふわのミニワンピを纏っている所から恐らく女の子だと思われる。
すごく小さいけれど、可愛らしい顔立ちで、すらりとした手足をしている。
もっとも、その腕は組まれていて、私を値踏みするように挑戦的に見つめてきているけども。
ふわふわと風に遊ぶ緑色の髪の毛、ぱっちりとした緑色の瞳の上には意思の強そうな緑色の眉に、ふっくらとした頬は薔薇色で、ぷっくりとしたかわいらしい唇も薔薇色だ。かわいい。
緑のグラデーションが美しい緑のふわふわのミニワンピ、かわいらしい靴も緑色。背中から生えた四枚の羽根は緑色に輝いている。全体的に緑色だけど、かわいい。どこからどう見ても妖精さんだ。
「この子はシルフィ。オレの古い友達で、防護壁を張るのが得意なんだ」
「よよよよよ妖精が友達???」
「そう。シルフィは妖精だよ」
おいで、と言われた妖精さんはピュンとギルへ向かって飛び、その長くて形の良い人差し指に腰掛けた。
「小さい頃からの友達で、命の恩人なんだ」
優しい目で妖精を見て、そっと触れるギルはいつもの私の推しだった。
妖精さんも幸せそうにギルに撫でられている。
ちょっと予想外の友達出現で動揺したけれど、推しの友達ならば仲良くして頂かなくては。それに万が一に備えて妖精さんを呼んでくれたということだろう。
「ごめんね、驚いちゃって。もう大丈夫だよ。シルフィちゃん、だっけ。よろしくお願いします」
私の言葉に、幸せそうにギルに撫でられていたシルフィちゃんは、私をじっと見た後に、気持ちいいほど思いっきり顔を背けたのだった。
…………私、これ知ってる。
これ、同担拒否ってやつでは……。
同担拒否とは、推しを仲良く一緒に応援とか無理。推しは私だけのものであって欲しい。というグループに属する人たちだ。
ちなみに私は推しを全人類で推して応援し、熱く語り合いたいタイプなので折り合いは非常に悪い。
「ごめんね、ちょっと人見知りが激しい子で。でもシルフィの防護壁は完璧だから」
「う、うん。大丈夫デス」
ギルに促され、シルフィちゃんは渋々と私の元へと帰ってきて、私のコートについたボタンの上にドスンと腰掛けた。いや、実際軽いから音は聞こえないんだけどね。そんな感じで……。
同担拒否の気持ちは分からないでもないので、ギル激推しの私と一緒にいるのはとんでもなく不快だろうなと申し訳なく思いながらも、魔物は怖いのでよろしくお願いしますと申し訳なく呟いたのだった。




