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side莉々奈5

 莉々奈がリリアナの家に住んで一か月。

 すっかり生活になじんだ一人と一匹は、平和に暮らしていた。


 莉々奈はのんびりとリリアナの手伝いをし、ワンは元気いっぱいに森へ探検へでかける日々を送っていたのだが、今日ばかりはいつもと違って莉々奈はガチガチに緊張していた。


 落ち着かない様子で、何度も木のテーブルを拭いている。


(りりな、ずっとふいてる。もうぴかぴか!アリいないよ?)


 不思議そうなワンに言われ、莉々奈はふうとため息をついた。

 今日はリリアンの息子であり、ここエスカトレ王国の王都で騎士団長をしている人が来るのだ。しかもお嫁さんも連れて。落ち着いていられるほうがおかしいのだ。


 家族の団欒を邪魔するわけにはと、リリアナにその日はどこか行っていようかと提案するも「あらあ、森で寝るの?」と笑顔で返され、勿論そのつもりだったので何も言えず今日にいたったのだ。

 野宿が別におかしいことではないと思うようになってきている自分に、少し恐怖を感じたりもした。


 莉々奈が最初に訪れた村は、ヴァルナ帝国の東部のはずれにある村だとリリアナが教えてくれた。

 目が覚めた平原は恐らくヴァルナ帝国の領土内で、そのまま世界樹を目指して東へ進み、国境にほど近い村にたどり着き、そこから世界樹の聖域を囲う森へと迷い込み……かなり距離があるはずだが、不思議なことに数日でリリアナの住まうエスカトレ王国の西へ抜けて、世界樹の森に接するこの場所にたどり着いたのではないかということだった。


 野宿をしている間に、地面が勝手に動き、木々が勝手に避けていって移動していたなど、莉々奈は知る由もない。


 服装こそこちらの世界に相応しいものになってはいるが……黒い瞳と黒い髪の毛は隠しようがない。莉々奈は不安を消そうと、リリアナの家をピカピカに磨き上げていくのだった。


◇◇◇



「母さん……娘が増えたのよって手紙に書いてあったけど……増えたのは娘だけじゃないな?」


 リリアナの息子は白い布ではなく、濃い藍色に金糸で縁取りをされた布を身に纏っていた。

 長身で筋骨隆々……ではなく、程よく筋肉質で、袖口から覗く腕にはたくさんの古い傷跡が見て取れた。

 叩き上げで騎士団長になったのよ、とリリアナが冗談めかして言っていたのは本当のようだ。


 リリアナと同じ、優しいブラウンの髪は短く刈り込まれ、澄んだ青い瞳をしている。


「そうなのよ、ワンちゃんっていうの。可愛いでしょう」

「それ、魔物だよな?しかもそれ、フェンリルの幼体だよな?母さん?」


 にっこりと微笑むリリアナに、にっこりと微笑んだまま怒りのオーラを湛えた息子……エスカトレ王国の騎士団長ジョシュア。


「でも、ジョシュア。本当にかわいいわよ」


 ジョシュアの嫁、スザンナがワンに手を伸ばしてみるも、莉々奈の足元で伏せをしていたワンはぷいっと横を向いてしまった。


「残念。ふられちゃった……リリーナちゃん、だっけ」


 笑顔で睨み合う二人を特に気にした様子もなく、萎縮してしまっている莉々奈にスザンナは笑みを向けた。


「ちょっと時間がかかりそうだし、お散歩でもしよっか」



◆◆◆



「さっきは、ジョシュアがごめんね」

「あ、いえ。当然です。大切な実家に見知らぬ人間が、それも魔物を連れていたら怒るのは当然だと思います……」


 少し歩くと小川がある。そこのほとりに、木のベンチとテーブルが置いてあるので、そこに二人は腰掛けた。もちろんワンは莉々奈の足元に伏せた。


 ベンチは川を挟んだ森のほうを向いており、晴れた日にはここでリリアナとちょっとしたピクニックをするのがここ最近の楽しみだった。


「ふふ、怒っているのはそんな理由じゃないと思うんだ」

「?」


 柔らかい風が吹き、ワンのふわふわの毛を揺らした。


「この場所はね、世界樹様に近すぎて誰も住めないの。お母さんは特別愛された方だから住めるんだけど……」

「そういえば、世界樹の気持ちがなんとなくわかるって言ってました」


 スザンナはこっくりと頷いた。少し赤みがかったブロンドが風にふわりと揺れる。


「でも、お母さんも歳をとってきたから、一緒に王都で暮らそうって。年に何度も来て勧誘してるのよ、彼」


 くすくすと笑うスザンナさんは、どこか楽しげだ。


「勧誘、ですか」

「そうなの。でも、絶対断られるのよ。断られるって分かっているけど、でもジョシュアとしては心配よね。世界でたった一人のお母さんだもの」


 莉々奈の脳裏に、自分の母親がちらついた。

 何か始めると極めるまでやり続けてしまう莉々奈だったが、呆れることなく応援してくれ、その成果を一緒に心から喜んでくれた母。大好きなお母さんだ。


「……そう、ですね。当然だと思います」

「でも、私はお母さんの気持ちも少しわかる気がするの」


 スザンナは、森の奥をじっと見つめた。彼女の瞳は優しいエメラルドの色をしている。

 

「あんな仕打ちを受けて、たった一人でジョシュアを産んで……。気持ちはわかるけど、お母さんはもう解放されてもいいのになって思ってるんだ」

「リリアナさん、ご主人はいらっしゃらないんですか?」


 莉々奈の問いに、スザンナは少し困った顔をした。


「うーん……ここまで言った私が言うのもなんだけど、そのへんは私が話していいものか……」


 スザンナが頭を抱えて悩み出した時、後ろから低い声がかけられた。


「スー、そこからはオレが話そう」

「あ、ジョシュア」


 振り返ると、何やら諦めたような様相のジョシュアが立っていた。リリアナはおらず、一人だ。


「いいんですか?」

「構わない。家族にすべきなら、母さんの事情を話すべきではと言ったら好きにしなさいと言われた」


 スザンナが立ち上がり、入れ替わりにジョシュアがどかっとベンチに座った。

 ベンチがぎいっと少し軋む。


「じゃあ、私は先に帰ってお母さんと夕飯の支度をしておくわ」


 ひらひらと手を振り、スザンナは元来た道を辿っていった。


「あ、ワン!スザンナさん一人だと心配だから、ついていってあげて」

(ぼく、りりなのほうがしんぱい)

「私は大丈夫だから、お願い」


 莉々奈のお願いに、ワンは渋々といった表情で立ち上がり、ちらりとジョシュアを見てからスザンナの後を追い始めた。


「驚いた。ただの魔物ではなく、契約を交わしているのか」

「契約?」

「条件を提示し、互いの利益のために結ぶものだ」


 莉々奈は少し首をかしげた。

 お互いの条件……そんなの提示した覚えはなかったのだが……。


「まあいい。母さんの話、だったな」



□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 昔、エスカトレ王国には一代で富を築き上げた凄腕の商人がいた。

 彼には昔から連れ添った妻がおり、大切な一人娘がいた。

 商売が軌道に乗り、彼はお金では買えないものが欲しくなったのだ。


 それは、爵位だった。


 エスカトレ王国では、戦や魔物退治をせねば爵位が授けられることはない。

 ただの一介の商人には無理だと判断し、彼は国外に目をむける。


 そんな彼の野望と、彼の持つ財源を欲しい利害が一致した家門が隣国ヴァルナ帝国の伯爵家だった。


 大切だったはずの一人娘は、売られるように嫁ぎ……。

 持参した家財道具は大層豪華ではあったが、全て嫁ぎ先にとられてしまう。

 

 経営が苦しい伯爵家にとって、娘はただの金と後継を生む道具にすぎなかったのだ。

 そもそもが、ヴァルナ帝国は帝国至上主義の思想が強く、世界樹を愛して精霊と共に生きるエスカトレ人を見下している者が多い。


 夫となった者は憐んでくれたが、それは二人の時だけであり、家族がどんなに冷たい仕打ちをしようが黙って見ているだけだった。

 しかし、それでも娘は決してへこたれず、自分の役目を果たそうと奮闘した。


 娘の名は、リリアナといった。


 子を産めば、認めてもらえる。それが心の支えではあったが……一人目の子供は女児だった。

 伯爵にそっくりな藍色の髪に、青く澄んだ美しい瞳だったが、それでも後継にはなれない。


 夫の伯爵は可愛らしい子だと喜び、かわいがってくれたが、後継たる男児が産めなかったことにより、風当たりはますます冷たくなる。


 リリアナは二人目を産んだ。

 二人目も女児であった。

 伯爵にそっくりな藍色の髪に、今度はリリアナによく似た優しげな茶色の瞳だったが、後継にはなれない。


 三人目こそは、と思ったがなかなか懐妊の気配がなく、三年が過ぎた夜。


「女しか産めぬ嫁は要らぬわ」


 そう言われ、家人から屋敷を追われてしまった。


「せめて、娘たちも一緒に。男児しか要らないのでしょう」


 エスカトレ王国と違い、寒さ厳しい夜にリリアナは食い下がったが、鼻で笑われる。


「これだから土臭い王国人は。娘は政略婚に使えるに決まっているだろう。お前は後継を産めなかったのだから、もう用済みだよ」


 強制的に帝国を出され、エスカトレ王国にある実家に帰ったリリアナだったが、父親の事業はとうの昔に破綻しており、小さな家に住まいを移していた。


 憑き物が取れた父親は、痩せてぼろぼろになった娘を抱きしめ泣いた。

 母親も健在であり、また三人で暮らしていこうと涙をぬぐっていた。


 そして火の月になる少し前……リリアナは秘密裏に男児を出産した。

 追い出されたあの時には、リリアナの腹の中に密やかに宿っていたのだ。


 正直、もう少し早く分かっていれば……と思ったこともあったが、結末は多分同じだったろうとも思う。

 援助ができなくなった女など、政略婚用の娘と後継を取り上げて追い出してしまうだろうと思ったのだ。

 離れてから分かった所でもう遅いが、せめて娘二人を連れ出して逃げていれば……と後悔する夜も多い。


 しかし、帝国生まれの娘二人は、皇帝に名前を縛られており簡単には出国できないのだ。

 恐らく、国境を超えた途端に不幸が訪れるであろうことは明白であった。

 どのみち、娘と幸せに暮らせる未来などなかったのだと思い知る度に涙が溢れた。


 息子が五つになった年に、リリアナは二人で家を出た。

 両親は泣いたが、万が一にでも子供の存在が知られたら困るのだ。


 今度は絶対に離さないと、固く心に決めてリリアナは聖なる森にほど近い場所に家を建て住まうことにしたのだった。


 幸いにも、リリアナには巫女としての素質が備わっていたようで、世界樹の加護を厚く受けた。

 魔法の才能は無かったが、精霊の声をよく聞き、世界樹の感情の揺れを感じることができた。


 それは、息子にも色濃く現れ……ヴァルナ帝国の血が半分入っているからであろうか、魔法の才能が開花したジョシュアは剣に魔力を纏う魔法剣を発案、実用化したのもそのお陰だ。

 魔法剣の実用化が認められ、その際に爵位と領地を授けられた。

 

 父親の墓に行った時に、ジョシュアが爵位を授けられたことを報告したとき、リリアナはなんだか微妙な気持ちになったものだった。


 爵位、金、血は繋がっていても愛のない家族。

 そんなものは、もうたくさんだとリリアナは思った。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□



「そういうわけで、オレが一緒に住もうと誘っても世界樹様の元で姉ちゃんたちの無事と幸せを祈るため……と言って聞き入れてくれないんだ」


 涙と鼻水でぐずぐずになった莉々奈に、ジョシュアは白い布を差し出した。

 ありがたく受け取り、莉々奈は涙を拭った。


「私は、形はどうであれ。自分の娘を二人、置き去りにしてきた女です」


 後ろから、今度はリリアナの声が聞こえてきて、莉々奈は慌てて振り返る。


「世界樹様、それに世界中を駆け巡ることができる精霊様に近しい森で、死ぬまであの子達の無事と幸せを祈りたいのよ」

「母さん……」


 何かいいたげなジョシュアの言葉は、リリアナの力強い声で遮られた。


「もちろん……ジョシュア。あなたのことも。スーちゃんのことも。そして、今度はリリーナちゃんとワンちゃんまで増えて……我が家が賑やかになってとても嬉しいの」

「リリアナさん……」


 言葉に詰まった莉々奈に、リリアナは近づいて肩に手を載せた。


「こんな私でよければ、家族になってくれない?リリーナちゃん。もちろん、ワンちゃんも」


 莉々奈は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上下に頷く。

 何か言わないと。そう思っても、胸になにかたくさんの思いが詰まっていて言葉が出てこない。

 かろうじて言葉を吐き出す。


「もちろん、よろこんで……!」



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