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赤燐の異邦人  作者: 秋月冬雪
第四章 
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緊急会議

 会議室の扉を開けると、そこには主に『赤の守護者』開発に関係する研究員と各研究課の責任者達が集まっていた。

 フレッドが部屋に入ってくるのを見ると研究員達がざわめいた。

 その中の一人で赤の守護者の開発者らしき人物が口を開いた。

「ラザフォードさん、その男が褐曜石の燐光を大量に受けても生きていたという例のツォーハイム人ですね」

「はい。彼がツォーハイムの王子フレッド・フォン・ツォーハイムです」

 会議室はさらにざわめいたが、構わずラザフォードは言葉を続けた。

「そして、『赤燐』の暴走を食い止めたのも彼です。あのままでは、もしかしたら褐曜石研究錬全体が大破していたかもしれません」

 化学教師のグレアムが立ち上がった。

「フレッド君、赤燐の爆発を防いだということは、褐曜石研究錬の隣に位置する私達の研究錬をも守ってくれたことになるだろうから、御礼を言わせてもらおう。――しかし、ラザフォードさん、僕はあなたの意見に反対です。ツォーハイムの者にこれ以上研究所の秘密を知られるようなことをするのは愚行です。フレッド君には悪いが、大人しく牢にでも入っていてもらった方がいい」

 他の研究員の多くもそれに同意するように、しきりに頷いてみせた。ラザフォードは頭を振った。

「しかし、このまま蛮国の連合軍にこの国が支配されてもいいのですか? 貴方達は研究所をサポートしてきた聡明な王家の方々を見殺しにするのですか? そうなったら私達の研究だって、今後どうなるかわかりません!」

 赤の守護者の開発に責任者として関わったという一人が立ち上がった。胸に着けられた名札には「褐曜石応用技術課・課長シュトルツ」と書かれていた。

「そうは言いませんが、これは私達研究員の手に負えない問題です。政治のことは政治家に任せておけばいい」

 ラザフォードは身を乗り出した。

「私達は技術を開発するだけで、それがどう使われるのかを考えずに、ひたすら好奇心に従って研究を続けてきました。私達に本当に責任はないのでしょうか?」

 シュトルツは腰を下ろし、腕を組むと、大きく息を吐いた。

「……仮に、貴女の言うようにフレッド君に褐曜石調達の交渉を任せたとしても、それで彼が褐曜石を持って来てくれるとは保障できません。そのまま彼が、我々を見捨ててツォーハイムから戻って来ない可能性は高いと思われます。そうなると、スパイを自国に帰すだけの落ちになるでしょう」

 押し黙っていたフレッドが口を開いた。

「俺は別にスパイをしようと思ってここへ来たわけではない。運が悪く、人買いに連れて来られて入国したから、出国できなくなっただけだ。それで仕方なく、ここへ入り出国方法を探していただけだ」

 グレアムは座ったままでフレッドに言った。

「ほお。でも、君はその割りには色々と熱心に褐曜石の研究に関わっていたね……」

(それは、ラザフォード先生に興味があって……)

 フレッドはそうは言えなかった。

 シュトルツは再び立ち上がると、フレッドを軽蔑するように見据えた。

「君の言うことを信用できるわけないだろ? ツォーハイム人は伝承に従うばかりで我々の褐曜石の利用法に同意を示さない。私が思うには、フレッド君はせいぜい、我々の褐曜石に関する研究開発を阻止するためにでも来たのだろう! 違うか?」

「でも、わざわざ王子をスパイに送る国があるでしょうか。彼がここでスパイをするというのは論理的ではありません」

 数学教師コーラーがシュトルツを横目に見てそう言った。

「それもそうだが、どちらにせよツォーハイム人を切り札になどできない」

 シュトルツがそう言ったのに対して、フレッドが口を開いた。

「俺は伝承なんてどうでもいいと思っているし、褐曜石の研究を阻止するために来たわけじゃない。もしそうしたかったなら、こんな事件の前にとっくにしてたさ。貴方は信じないだろうけどな。――今危機に陥っているのはリッツシュタインだけではない。ツォーハイム首都も赤の守護者の射程距離に入っているのは知っているだろう? リッツシュタインには研究所があるから首都が爆撃される可能性は少ない。だが、ツォーハイムは実際もっとやばい。首都を一発ドカンと爆撃すれば、あとは鉱山の褐曜石は取り放題だ。わかるか? 俺はツォーハイムを救いたいだけなんだ。そのために貴方達と協力したいと思っているのだ」

 シュトルツは両手を組んでせわしなく動かした。

「しかし、ツォーハイムの王やモリッツ家は赤の守護者の使用に反対だ。君が一人で彼らを説得できるのか? それに、リッツシュタイン家も保守的なツォーハイムのやり方を嫌っている。王家は、下手に君に頼るよりも、降伏して民と研究所を守るべきだ。それが安全な方法だ。それに考えてみろ。私達が反撃を企むのがばれたら、奴らは本当にここへ赤の守護者を打ち込むかもしれない……」

 フレッドから目をそらして話をしたシュトルツを、フレッドは厳しく見据えた。

「――貴方達は自分達の王をそんなに軽く捨てられるのか?」

 低い声でそう訊いたフレッドに視線を合わせることなく、シュトルツは言った。

「王は民達を守るべき立場にあります。この国の王が代わったとしても、国民と研究所は残ります。王族には自分達を犠牲にしてでも治める人々を守るべき義務がありますし、それに、王族達は自ら命を差し出すと言ってくれているのです。それなら、彼らの決断を尊重しましょう。それが私の意見です」

 他の研究者達もその意見を支持するように頷く。

 それを見て怒りを顕にしたラザフォードが大きな声を出した。

「私達の同僚を殺し、兵器を奪い、それによって脅迫してくるような新しい執政者の元でまともな研究が続けられるとでも思っているのですか? この国の王がリッツシュタイン王であってこそ、この研究所が発展して来られたとは思わないのですか?」

 シュトルツは押し黙り、部屋は沈黙に閉ざされた。


 沈黙を破ったのはグレアムだった。

「たしかに、カーラ王国のような蛮族が研究所を統治するとしたら、我々のして来た研究の中で、多くのものが続けることが許されないかもしれない。私のような基礎研究をしている者は、とくに困難が強いられるだろう。蛮族は、武器や実用的な研究にしか興味を示さないだろうからね。しかし、リッツシュタイン王は自然の神秘を解き明かすための基礎研究に、直接の役には立たなくても投資してくださる。知的な王家の方々だからこそ、長い目で見た場合の利益を考えた基礎研究にも理解をしてされている。だから、駄目元でも、フレッド君にやらせてみたらどうでしょうか。我々が失うものは少ない。もちろん、褐曜石研究錬の方々が最終判断をして、彼に付き添ってツォーハイムに行く必要がありますが。そのために王族達からも了承を取ることが必要ですが……」

 シュトルツは彼を見た。

「しかし、ツォーハイム王家が、赤の守護者の使用のために褐曜石を差し出すだろうか。彼らは褐曜石の濃縮を禁じている」

 その言葉に一同はフレッドを見た。

「やるだけのことはやってみる。父やモリッツ家を説得できるかわからないが。何もせずにただリッツシュタインが乗っ取られるのを見ていても仕方がないだろう」

 シュトルツはじっとフレッドの目を見た。

 少しの沈黙の後に、シュトルツは深く頷いた。

「いいだろう。褐曜石の弾を作る準備をしよう。そして、リッツシュタイン城にある赤の守護者の発射準備を敵に気付かれないように整えさせよう」

 ラザフォードは顔を輝かせた。

「ありがとうございます、シュトルツ課長。それでは早速リッツシュタイン家の許可を取に参ります」

 彼女は一同に頭を下げた。

「フレッド君が逃げないように、私が責任を持ってツォーハイムまで同行し、褐曜石が手に入らなかった場合でも、彼をここに連れて帰ってきます。その後、彼のスパイ容疑にすいては法廷に判断を仰ぎましょう」

 研究員達はそれで合意に至った。


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