大魔王、真実を語る
「よくもまぁ、余の寝首を搔かなかったものだ」
俺は今、勇者らしからぬ行動をしている。目の前にいるのは死んだはずの大魔王、何故か小さくなったその存在にとどめを刺さず、あろうことか俺は話し合いという手段に出ている。殺すべき敵、倒すべき人類の脅威に対して、だ。
「余は残酷ではあるが、恩を仇で返すほど落ちぶれた魔物ではない。これでも全ての魔物の代表なのでな……それで? 余を生かしたという事は、一体どんな見返りを求めての行動だ?」
「……お前には、聞きたいことがある」
俺はアーサーの顔を見た、彼は複雑な顔をしてはいたが、そこに俺への失望や怒りは無かった。──俺は、お前に任せる。口を開けばそう言ってくれそうなアーサーが、やはりそこには立っていてくれていた。
「ほう? 幾千年を生きた余の知識を欲するか……よいぞ? 何でも聞くがいい、余を見逃してくれるのなら、一つと言わずいくらでも聞くがいい」
「──それはできない。お前は、此処で倒す」
理不尽で、選択権の無い強制。たとえ相手が倫理の通用しない極悪人だとしても、勇者だという肩書きがあっても……これが相手にどうしようもない絶望を与える物である事は、俺の心をチクチクと蝕んでいく。──だが。
「なぁに心配するな、余はあと数時間で死ぬ」
「なっ……!?」
突如告げられた衝撃の事実に、俺もアーサーも顔を見合わせた。目の前の大魔王はそれをくすくすと笑ってはいるが、よく見るとその様子は弱弱しく、威厳も何も無いように思えた。
「第一の心臓はアルカディアに潰され、第二の心臓は邪竜アルトに吸収された……残っている心臓一つだけでは、余の生命活動を維持することは敵わんのだよ」
「……それは、まぁ、気の毒だな」
気の毒も何もないだろう、自分の中の正義と、目の前の哀れな存在への同情がせめぎ合う。いいや、こんな事を話している場合では無かった。俺は話を本題に戻すべく、大魔王をきつく睨んだ。
「邪竜アルトって、言ったよな? あいつはもしかして、元は人間だったんじゃないか?」
「──どこでそれを知った?」
「何となくだよ、どうなんだ?」
大魔王はしばらく俺を睨んでいたが、やがて溜息と共に返答した。
「ああ、そうだ。奴は元々人間だ、人間だった」
「名前は? 名前は知ってるのか?」
「知ってはいるが、これは余からの提言である、心して聞け。──暴かねばならない事実と、暴いてはならない事実が存在する。そなたのような重い責務を負った男が、これを知る事はあまり勧められん」
「お前にそんなこと心配される筋合いはない!」
苛立っているのは、多分それが真実だから。俺がやるべきことはとっくのとうに決まっている、事実に基づき、当たり前の判断をして、当たり前に世界を救う。
「では、答えようではないか」
大魔王は嗤いながら、妖艶に、生意気に……死にかけの存在とは思えない程力強い声で、俺に真実を突き付けて来た。
「邪竜アルト、奴がまだ生贄として捧げられる前の、人間だった頃の名前。──名をイグニス。荒ぶる炎の神に身を捧げることを強要された、哀れで、おぞましい、世界の破滅を意味する存在の名だ」
その瞬間、俺のやるべきこと、倒すべき敵は決定された。




