無能勇者、元勇者と仲直り
坂を下り、瓦礫を飛び越え、森の中に突っ込んだ。
猛烈な風が頬を撫でていたものの、それはだんだんと弱くなっていき、それに相反するように荒い呼吸が聞こえてくる。全力疾走をしばらく続けていた反動から、アーサーはその場に立ち止まり、俺を背負ったまま膝をついた。
「かはっ……はぁ、はぁ。ここまで来れば、安心だ」
「アーサー!」
動かない筈の身体が、自然と動いていた。汗まみれのアーサーに抱き着いた俺は、とめどなく溢れ出てくる想いを全て言語化した。それはもう嘔吐のように、勇者だとは思えない程涙で顔をぐちゃぐちゃにして、吐き出した。
「ごめん、ごめんなさい! 俺、お前に選んでもらったのにうまくできなかった! 俺の不甲斐なさのせいで聖剣が折れた、俺を助けようとしてくれた仲間を死なせた。挙句の果てに魔王に寝返って、お前の、勇者に泥を塗った……!」
申し訳なさ、己への糾弾。止まない自己嫌悪の雨の中で叫ぶ、叫び続ける。
何で忘れていたのだろう、自分が代用品だという事を。対面して即座に気付いたのだ、自分とアーサーでは決定的に違うという事を。どうして自分なんかが、少しでも彼の代わりに成れると思ったのだろうか? 恥ずかしさと怒りで、どうにかなってしまいそうだった。今も自分の心ひとつ制御できないまま、口から出てくるのは言い訳だけだった。
「俺は、やっぱり……勇者じゃなかった。お前みたいに――」
「いい加減にしろ、馬鹿野郎!」
俺は、突き飛ばされていた。俺は怯えながら瞼を開けた……しかし、そこに在るアーサーの顔は、険しくはあるがどこか温かい気がした。俺のように涙を流し、顔をぐちゃぐちゃにしながら、俺の事を睨んでいる。
「どうして昔からお前は、そうやって自分で自分をけなすんだ! 今まで俺たちが、今までどれだけ助けられたと思ってるんだよ、もっと自分を大事にしてくれ!」
その怒りは、俺に向けられている物だった。だがそれは、俺の無能さに対してではない。自分自身を無能だと、大したことない存在だと、俺の俺に対する不当な評価への怒りであった。
「本当は、あんなこと言いたくなかったし、否定してほしかった。……悔しかったんだ、一人じゃ何もできないから。だからお前に全部押し付けた、お前を救うっていう大義名分を盾にして。――謝るのは、俺の方だ」
膝から崩れ落ちたアーサーは、うなだれて泣き続けていた。俺はそれに驚きと、込み上げてくる嬉しさ、何も分かっていなかった自分へのどうしようもない不甲斐なさが……それら全てが彼の言葉によって、自分自身を肯定してもいいんじゃないかという、一筋の光へと昇華されていく。
「ごめん」
「……俺こそ、あの時は殴ってごめん」
へとへとで、もう今すぐ眠ってしまいたいと思うほどに疲れていた。それでも俺は手を伸ばした、今一度、彼を力強く抱擁するために。鎧の上からでも分かる、彼の身体は熱く、そして何より暖かかった。
「もう一回、俺の仲間に……」
――いいや。アーサーはそう言って、俺の背中に手を回してきた。涙まみれの顔から放たれる言葉には、自然と格好良さと好感が持てて、それでいて「らしさ」を感じるものがあった。
「俺をお前の仲間にしてくれ。勇者、ガド殿!」
「こっちから土下座でお願いするよ、元勇者、アーサー!」
二人の勇者は、涙を流しながら笑いあった。互いにすれ違っていた思いをすり合わせ、分かり合い、心に空いていた部分を補填し合った。片方は世界を救った「元」最優の勇者、もう片方は……これから世界を救うであろう、「自称」無能な勇者である。
「……は?」
そして茂みの奥に見える人影を、後者はしっかりと捉えていた。姿形が変わろうと、その覇気と威圧感は変わらない……そこにいたのは、子供の姿になった大魔王だった。




