無能勇者、最悪の返答
「……は?」
ゴロゴロと転がる首から漏れたその一言を、俺は確かに聞いていた。締められていた首から手が離され、俺は肺いっぱいに息を吸い込んだ。
「がはっ……はぁ、はぁ」
何が起こった?
状況を整理しろ、まず大魔王は首を撥ねられた。何者に? 分からない……あまりにも分からないことが多すぎる。だがここで一番考慮しないといけないのは、俺はもう戦うことができないという点だ。
「……嘘じゃ」
首だけの大魔王が、呟く。
「嘘じゃ、嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃァァっ!!!」
子供のように、勝負に負けた子供のような奇声を発する。それは怒りも混じっていたが、大体は恐れや畏怖が込められている気がした。
「お前が、貴方様がいるなんて聞いていない! 何故じゃ!? 何故このような人間なんぞに力を貸しているのじゃ!? 反則じゃ、反則じゃ……アルト!」
「……!?」
言い淀んだ大魔王の首に、影が落とされる。俺もつられてその影の主を目で追う。
そこにいたのは、一匹の竜だった。
しなやかな体、力強き体。体の構造も形も、既存の竜とはまるで違っていた……しかし、翼があり牙があり尻尾があり、何より生物としての格の違いを感じるこの感覚では、この生物を竜と呼ぶほかなかったのだ。ーーただ、一点を除いては。
「……なんで」
自分がおかしくなってしまったのかと思い悩む。そんなはずないと否定し続ける。しかし、やはり、間違いなかったのだ。
翼、牙、尻尾。確かに竜であることは間違いない、人間ではない別格の生き物であることも、間違いないのだ。
なら、何故。
「イグニスさん……?」
恐ろしきこの存在に、美しき彼女を感じてしまうのだろうか。俺が放ったその名を聞いて、竜は何も言わなかったし、反応もしなかった。
もっともそれは、俺への最悪の返答であることに変わりなかった。




