無能勇者、首と竜
蒼雷と共に霧散していくその背中を、俺は黙って見つめていた。その様子は人間の死に方ではなかったが、当の本人は笑っていたんだと思う。藻掻くこともなく、苦しむ様子もなく……ただ受け入れて、消えて逝った。
彼が最後、何かを呟いた気がする。よく聞こえなかったし何を言っていたのかもわからない。でも、それが、俺にはどうしても……悪い言霊には、思えなかった。
だから、悔しくても言わなければ。
「助けてくれて、ありがとう」
不格好に体を起こし、できる限り頭を下げた。彼はもういないが、彼に助けられて俺はここにいるから。
「……ぐぁ、がぁぁっ!」
「!?」
蠢く、揺れる、震える。声を上げながら、息を吹き返すそれは、信じられないほどボロボロだった。もう生物としてほとんど原型をとどめていないような形であった。
それなのに、大魔王エデンは蘇った。
「がぁぁぁぁぁあああ!!!!」
鞘に収められた剣に手を伸ばす、しかしそれよりも、伸ばされる魔手のほうが何倍も早かった。俺の首は容易く掴まれ、とんでもない握力に苛まれた。
「がっ……おっ、ああっ……!」
「不敬、不服不快不満不条理! 三つある余の心臓を良くも貫いたな憤怒の戦士ィッ! 許さぬ……ああ、許せぬ!」
強くなっていく握力、再生していく大魔王の体。攻撃も防御もできないこの状況で、俺は走馬灯を見る。旅の記憶、仲間との思い出、無限に等しい謝罪の言葉……このままじゃ死ねないのに、俺は死んでしまいそうだった。
(たす、けーー)
誰も来ない、だって俺は世界を裏切った。
これは罰なのだろう、一時でも我欲を優先した、無能な自分への。
ああ。
罰が、来るーー。
……そして俺は、朦朧とする意識の中で見たのだ。中に舞う大魔王の首を、吹きすさぶ血の雨を……その中を力強く飛ぶ、音速の竜の姿を。




