無能勇者、揺らぐ矜持
冷たく靡く風、俺の乱雑な髪を揺らし、目の前の魔王の髪を撫で去っていく。
「何を、言ってるんだ」
凍えるような風でさえ、ふつふつと煮える怒りの熱を奪えない。俺が、こいつの部下になる? 在り得ない、論外だ。ただでさえ人間を裏切って、今こうやって償えるかも分からないのに……大体俺は勇者だ、そんな馬鹿げた誘いに乗る訳が無い。それよりもなぜ、答えが分かり切っている俺に対して問いを投げかけてくるのだ?
「そんな誘いに乗る訳が無い。……そんな顔をしているな、分かりやすすぎて魔法を使うまでもないわ」
「分かってるんだったら聞くなよ。そうだよ、俺はお前の部下になんてならない。自分たちの欲の為にたくさんの人を殺して、それでもまだ平気な顔をしているお前に従う訳ないだろ」
眉間に皺が寄りすぎて、前が見えなくなりそうだ。この女は魔物、しかもそれらを束ねる親玉だ。思考回路の壊れ具合も、伊達じゃないという事だろうか? ――ふざけやがって、何処までも人の尊厳と命を、踏みにじりやがって……!
「まぁ待て、余の話はまだ終わってないぞ?」
「五月蠅い、俺はお前を殺す」
怒りが研ぎ澄まされ、加速した赫雷が放たれる。先程よりも威力も速度も上がってはいるが、大魔王は難なくそれらを避けた。無論、此処で終わる訳が無い……蒼雷を剣に蓄え、振るった斬撃は雷鳴を轟かせながら飛んでいく。
「全ての生き物は、生まれながらに不平等だ。余はそれが気に喰わぬ、哀れでならぬ! よって余は、この世で最も優れた存在……つまり余こそが、この世界で唯一の生命体として存在させることにしたのだ」
「だから自分以外を殺すだって!? ふざけんのも大概にしろ!」
赤い赫雷の威力が跳ね上がっていく、蒼雷も強く鋭くなってはいるが、それ以上に俺の怒りは凄まじい。奴を焼き尽くせと俺の中の殺意が叫んでいる、俺の正義が悲鳴を上げている……俺はただ、自己満足と欺瞞に溢れたそれを、許せなかった。
「いいや違うさ、全ての命、魂。上下関係なく平等に、余の魂と統合するのだ」
「――何?」
攻撃の手が、緩む。しまったと思ってしまった時には懐に潜り込まれて、轟速攻の拳が叩き込まれる。骨が軋み、そのまま俺の意識は飛びかけた。
「――っは」
「全ての生命が余の一部になれば、比較という概念は生まれない。そうなれば誰も、劣等感に苛まれることは無くなるのだ」
吹き飛ばされる俺は、血反吐を吐きながらも立ち上がる。回復魔法を瞬時にかけはするが、刻み込まれるような衝撃と痛みは、未だにその余韻を残している。いいやそれよりも、この女は、まさか。
「誓おう、世界を救わんとする勇者よ。余は決して世界を滅ぼしたいわけではない、この世界の在り方を、比較によって生まれる貧富そのものを滅ぼしたいだけなのだ」
戦う理由が揺らぎ、俺の構えも緩くなる。その隙に放たれた魔法系の一撃、避けれるはずも、受けれるはずもない。俺はなす統べなく、一瞬を無駄に過ごしてしまった。
(やられ――!)
目を瞑り、もう駄目だと思う。俺にできることは何もなく、ただ、一瞬の緩みを悔いた。
しかし、何時まで経っても痛みは来ない。
「……は?」
目を開けると、そこには俺に背を向けたアルカが立っていた。俺に届くはずだった攻撃は、真正面からこいつが受け止めていたのである。――青い、赫雷と共に。




