無能勇者、互角なる双雷
殆ど反射的に振るった剣には、激しく光り輝く青い赫雷が纏わりついている。己の燃えるような怒りを反映させた従来の物とは全くの真逆、この蒼雷は怒りなどではなく、誰かを助けなければいけないという俺の使命感に呼応して生まれたのである。殺意や怒りのような個人的な問題ではなく、他者の為に動く人間が抱く課題によって、俺は青く照らされているのである。
不意に、アーサーの事を思い出す。彼は戦いに殺意や怒りを抱いてはいたが、それは常に誰かの為に抱くものだった。魔物に脅かされた人々の安寧を嘆き、これ以上の犠牲を生み出してはなるものかという、正義の塊のような奴だった。
そして今、俺の目の前には巨悪がいる。
「がぁああああああっぁぁあぁああああああああああああああ!!!!」
務まらない、役目を果たせないと何度も心を折られかけた。旅の途中で自分の弱さに絶望して、何度死にたくなっただろう。戦いの最中、お前が居ればお前が居ればと、いつも願っていたよ、アーサー。お前たちが居なくても、何とかここまで来れたよ。お前から託された聖剣は折れちゃったし、今俺は世界一の嫌われ者だろうけど……お前みたいに、皆から応援されるような、皆を照らせるような正義には、なれなかったけど――。
「俺は、勇者だ! 誰が何と言おうと、此処でお前を倒す!」
覚悟が決まれば、後は簡単なものだ。震えていた足は解き放たれ、不規則だった心音は規則正しく拍を刻む。流れゆく血流が光り輝き、青い光が体を包み込む! 大魔王を縛る蒼雷がより一層強く輝き、俺の剣もまた、魔を切り裂く蒼雷を帯びた。踏み込み、走り、次渾身の力を以て振り下ろす!
「ほ、ざ、けぇえええつ!」
「っ!?」
硝子が砕けるような不快音と共に、大魔王を焦がす蒼雷が弾け飛ぶ。自由を手に入れた大魔王の手には杖、その背後には、恐ろしく黒く具現化した闇が、今まさにこちらへ向かってきていた!
「――っああああぁあああああ!!!!」
他人の為の怒りと同時並行で、個人的な怒りを燃やす。蒼雷の間を縫うように、赤く輝く赫雷が新たに現れる。それは具現化した闇を弾き飛ばし、それに留まらず、大魔王の徒手空拳、神速の杖術などを一気に逸らし、突っぱねた。
(二つ使える! 青も、赤い赫雷も! これならあの黒いのにも対抗できるし、牽制にも使える!)
「小癪、小癪……不敬なりぃいいいいいいいっ!」
眉間に皺を刻み込んだ大魔王の顔は、女性として美しいと思うには余りにも醜かった。そもそも、己の願望一つの為に虐殺を行うこの存在が……俺には初めから美しいとは思えなかった。倒さなければ、受け継いだ勇者としてではない。――俺の中の正義が、そう叫んでいる!
「うっ、がぁっ……りゃあっ、とぉあっ!」
「ふん、はっ、くっっ! おのれ、ぉのれぇええええ!」
青と赤の赫雷、規格外の聖剣、増幅された魔法の数々。この旅で手に入れてきた全てをぶつけて、俺は今互角という立ち位置を確立させている。必殺の一撃が飛び交うこの間合いは、瞬き一つもよそ見一つも許されない大接戦である。周囲の魔力が噎び泣き、一撃の交差ごとに空間が震え、捻じれる。
「――どぉあっ!」
一撃が、僅かに掠る。いいや違う、この剣にとっての掠るとは名ばかりであり、凝縮された蒼雷は肉を裂き、音を立てながら魔王の腕……その表面を焼き焦がしていく!
「があぁあぁああっっ……!」
隙が、生まれる。それを俺は決して見逃さず、剣を強く握りしめた。魔力を全て注ぎ込み、流し込み……剣から赤と青の雷が溢れ出す! 一撃必殺に込められた全ては、慢心などでは説明がつかない説明と、確固とした威力を秘めている!
「はあああぁぁあぁああっ!」
「――っ!」
視界の端で、杖を握る手に力が籠ったのが見えた。案の定、大魔王の姿は瞬時に消えた……一撃は外れて、双雷は目標を失って霧散した。地面を焦がし、俺自身をも少し焼き、やがて剣から光が失われた。
「油断していたわ、代用品の勇者よ」
遠く離れた場所で、大魔王は息をしていた。肩を上下させ、剥げた威厳の中に、むき出しの全力が見え透いていた。――決して不利などではない、むしろ俺が追い詰めてさえいた。
(このままいけば、きっと……!)
「ここまでお前がやるとは思わなかったが、しかしお前は強かった。――よって、余はこう尋ねねばなるまい」
そう言って大魔王は、構えた杖の先で地面を叩いた。何か来るのかと身構える俺を見て、大魔王は暗く、しかし誘うように恐ろしく、笑って見せた。
「勇者ガドよ、余の部下にならぬか?」




