アルカの記憶⑤
イーラと俺の間に子供が生まれた。
それが分かったときも、腹が大きくなる途中でも、産んでいるその最中ですら……彼女の表情は暗く、深く、目を背けたくなるほど弱々しかった。
彼女は一日たりとも俺との勝負を欠かさなかった、妊婦であるにも関わらずその剣技は凄まじく、心配する気持ちの中にはきちんと嫉妬が渦巻いていた。
それは出産を終えて間もない彼女にとっても例外ではない。彼女は臍の緒を我が子から切るやいなや、すぐに剣を手に取り、立ち上がったのだ。
無理はしない方がいい。その言葉が頭から口へと向かわず、俺もまた剣を取ったのだ。
やはり彼女の剣技は美しかった。一撃に無駄がない、一つ一つの動作にちゃんとした意味がある。しかしそれは才能によるものなどではなく、れっきとした努力によって織りなされる神域の技であった。見惚れながら、羨ましいと思いながら、こうなりたいと心底願いながら……いつも通り、俺は負けた。
そして俺は、修羅を見た。
「……」
彼女はもう、俺の知るイーラではなかった。笑わない、ふざけない、喜ばない、悲しまない。冷徹で無駄のない剣は、裏を返せば無感情の攻撃に過ぎなかった。彼女はただただ、片方の瞼から涙を流していた。
近づいてくる顔に、色っぽさと血の気を感じた。出産を終えて間もない彼女は、消毒すらせずに剣を振るっていた。俺はようやく、それがどれだけ危険なことか理解できた。
「イーラ、早く戻ってーー」
「……これで」
優しく、それでいて背筋が凍るような抱擁を受ける。その体の冷たさに驚愕して、けれどもすぐに体を動かすことができなかった。
開かれる、彼女の口が。
放たれる、俺を呪う怨恨に満ちた言霊が。
「これでも、私を愛してくれませんか?」
その一言で、俺は死んだのだ。アルカとして過ごしたくだらない日々も、今になってわかる楽しかった日々も。彼女は「アルカ」と心中を図り、見事それは成就した。
「……イーラ?」
そして、その場にはアルカディアだけが残された。一族の長、怒りと暴力を以て事を成す人間が。自分の感情にすら気づけず、失ってもまだ分からない愚か者が。
「……勝ち逃げじゃねぇか」
だから、俺の口からはこんな言い訳しか出てこないのだ。
「俺を置いて逝くなァァァァァァァァァァァァああああああぃァァァ!!!!!!」
その時自然と流れ出てきた涙が、俺には悔し涙としか思えなかった。だがその真相は、一人ぼっちになってしまったことへの嘆きであり、この世にもういない存在への救難信号であった。
曇り空の下、生まれたばかりの命と、これから一人で生きていかなければいけない命の、虚しく見苦しい泣き声が響いていた。




