アルカの記憶③
それからというもの、俺は毎日あの女に挑んだ。赤い赫雷と青い赫雷がぶつかり合い、俺はいつも負けている。試行錯誤を繰り返しながら、俺は俺自身の実力が上がっている事を自覚したし、それ以上に、あの女の実力がどれほどの物なのかを理解するのに時間は掛からなかった。
あの女が持っている剣そのものが強いという考え方もあるが、そうではないのだ。俺は、あの女の努力と研鑽に負けたのだ。神速の剣技、束ねられ折り重ねられ、何重にも重なったそれらの技は、確実に俺の力任せな剣を絡めとっていたのである。認めざるを得ないだろう、俺は自らの才能にかまけて、努力をしていなかった。
そういった気付きのある戦いの中で、俺は少なからず、彼女に興味を持つようになった。力強く青い赫雷、あの年で俺以上の剣技を持ち、最強の剣豪という馬鹿げた夢を掲げる女。……気づけば俺は、彼女の事で頭がいっぱいになっていた。
「ねぇ、アルカ。あなた私のこと好きでしょ」
いつも戦いの後に行われる、長々とした何気ない会話で言われた。硬直した俺は、しばらく思考が凍り付いていた。彼女のにんまりとした顔をしばらく見つめていて、ようやく知性が戻って来た。
「……どういうことだ?」
「だって、毎日毎日私の所に来るんだよ? 絶対好きじゃん」
「いや、単に俺はお前に勝ちたいだけだし、お前が面白い女だなーって思ったから来てる訳で」
「ええ……自覚無いの? それ完全に口説きに来てるよね、それとも何? もしかして人を好きになったことが無いとかそんなパターン?」
何が聞きたいのかさっぱり分からないまま、俺は問いに対して頷いた。するとイーラは何故か、鼻の下を伸ばして俺を見た。何だこの顔、今までとはちょっと違うような。
「……告白されたこととか?」
「そもそもまともに話したことがある女は、お前が初めてだなぁ」
「ほーん。……ほーん」
何故か俺から顔を逸らす。彼女にやられた切り傷を治療し終わり、俺は立ち上がった。聞きたいことはもう聞いたので、早く帰って鍛錬に励みたかったのだ。――だが。
「待って!」
彼女に呼び止められ、俺は歩みを止める。振り返るとそこには、余裕の無さそうな表情がある。最近よく、こんな感じに呼び止められることがある。
「なんだ?」
「えっと、えっと……ね」
もじもじして、しばらく俺の事を見ながら、ある程度たっぷりと時間を使って……決まって、彼女は俺にこう言うのだ。
「明日も、来てくれる?」
何度も聞かれた、何度も尋ねられた。どうしてそんな顔で俺に尋ねるのだろう、まるで自分の方が弱い立場であると主張しているようなその顔は、俺への皮肉か何かなのだろうか? そしていつも思う、どうして俺は彼女のこの顔に、どうしようもなく心をざわつかさせられるのだろう、と。
「来るよ。まだ俺、お前に勝ってないし」
「……うん!」
俺がこういうと、彼女は決まって陽だまりのような笑みを浮かべるのだ。どうしてかは知らないが、俺はそれを見ると不快ではない別の感情が湧き出てくる。頭のそこが掻き毟られるような、煙に巻かれて言語化できないような、そんなのぼせたような感覚に。
心地よい、そう表現するのが正しい余韻に浸りながら、俺はいつもこうやって、日が暮れた帰り道を辿るのである。明日は何を話そうか、明日はどんな技を試してみようか、とにかく毎日が楽しかった。




