アルカの記憶②
崩壊した街の瓦礫の中で、俺は自分が負けた事を理解した。首元に押し当てられた刃には、得体の知れない青い雷が揺らめいている……負けたという事実に屈辱もあったが、俺はこのイーラとか言う女が何者なのか、とにかく興味が湧いていたのだ。
「私の勝ちだね、暴れん坊君」
息の上がった、しかし楽しそうな声に虫唾が走った。殺しもせず、ただ敗者である俺の事を見下している……勝者だった頃の自分がやっていたことを、今は自分がやられている。考えるだけで吐きそうな現実に目を背けたかったが、俺は俺を倒した青い赫雷の事が忘れられず、どうにかして怒りを抑えた。
「教えろ、女。お前のそれは何なんだ?」
「私の名前は、イーラ! 女なんかじゃありませーん! 名前で呼んで欲しいなー、名前で呼んで欲しいなぁー!」
怒りを通り越して疑問である。何だこの女は、本当に俺達と同じ「憤雷の一族」なのか? 憤怒の質も量も最低、全く以て論外だ。こんなふざけた女が、何故一族の金の卵である自分を倒す事ができた? そもそもこの女は、戦闘中ずっと笑っていたのに、どうしてあんなに強い赫雷を、しかも色の違うモノを扱えるのだ?
聞かなければ、直接聞かなければ始まらない。俺は、強くなるために、この一族を力で支配できるほどの男にならなければならない……だから俺には責任があるのだ、女に負けたままでは果たせない責任が。
「……イーラ、教えてくれ。お前の赫雷は、どうして青いんだ?」
「知らなーい、私が知りたいぐらいだよ~」
押し当てられた剣が引き抜かれ、イーラはそのまま剣を鞘に納めた。俺は、完全に敵として見られていないのだろう。向けられた背中を刺してやりたかったが、それをやってしまえば俺は、今度こそ敗北者になってしまう気がした。
「隠してないで言えよ、俺はお前に勝ちたいんだ!」
「えっ、何その情熱的な愛の告白。惚れそう」
「調子狂うんだよなぁ……! 俺はお前の事なんか好きじゃないし、なんなら嫌いだ!」
そう言うと、彼女はひどく嫌そうな顔をした。何も言わず、ただ俺の事を睨んでいる……先ほどの軽快な様子とのギャップに俺はたじろぎ、思わず息を呑んでしまった。いかんいかん、こんな女に恐怖を抱いてしまうなど、一族の長として在り得ない。
「……そんなに勝ちたいなら、今日はもうおしまい。一日一回だけ戦ってあげるから、また明日此処に来てね!」
何処までも舐めた態度を取られ、俺は奥歯が割れるかと思うほどに食い縛った。イーラはそれをくすくすと笑いながら、強張った俺の顔面に指をさしてきた。
「負けを潔く認めるのも、強者だと私は思うよ。今のあなたはただの暴れん坊、そんなんじゃ、誰も守れない」
「何を、言って……!」
「さー帰った帰った! 私はこの町の人を助けなきゃいけないから、手伝う気が無いならとっとと出て行ってよね!」
そう言って、イーラは俺の前から走り去って行った。俺は追いかけてまた戦おうとしたが、どうにも奴の言葉が引っ掛かる……俺が、ただの暴れん坊? 舐めた事を言ってくれるじゃないか。
(いいぜ、クソ女。テメェの土俵で、テメェの矜持も何もかも全部ぶち壊してやる!)
自らの誇りを傷つけられたことへの報復を誓った俺は、今日だけは潔く家路に付いた。明日また、あの女を倒すために。そしてあの青い赫雷の正体を解き明かすために。
これが、俺とイーラの日々の始まりだった。




