邪竜、復活する
私が自分の無力さに絶望するのは、これで四度目だ。邪竜に立ち向かう父親の力になれず、死へと誘われかけた時すら何もできなかった。アルカと名乗る逆賊にあっさりと負け、ガドの名誉に拭いきれない泥を塗った。
四度目の正直で挑んだ神への試練。私はここでも敗北し、なんの戦果も残せなかった。ペパスイトスから渡された神剣の力に頼り切って、慢心を重ね、あの空間から弾かれた。
結果的に聖剣は打ち終わったのだろう。眩い光を放ちながら、割れた鏡から剣が飛んでいったのだ。ーーだが、結果はどうだ? 鏡の中でペパスイトスは死んだ、試練によるものなのか、聖剣錬成による過程での死なのかは定かではない。問題はそこではないのだ、私の無能がペパスイトスを、この先もガドの旅に必要であろう存在を殺したのである。
彼の相棒を名乗り、強引に仲間に加わり、それで彼に何を返せた? 戦力にはならない、足は引っ張る、有能な人材に尻拭いを押し付ける。存在意義がない、側においておく理由も見当たらない。
「……あ」
地面に散らばる鏡の破片は、私の本性をそのまま映し出していた。火傷と呪いに侵され爛れ、体の中はもっともっと汚くて、可笑しくて、おぞましいほどに取り繕っている。それこそ、火傷まみれの体が美しく思えるほど。
ああ、所詮私はそんなものなのだろう。淘汰され、悍ましさのあまり信仰さえ集めてみせた巨悪。全てを喰らう邪竜、魔王さえも灼き尽くす無慈悲なる暴力。そもそも私のような化け物が、自らを倒した存在のように自由に生きたいなどと、思ったことさえおこがましかったのだ。こんな、醜い……化け物が。
……化け物?
「あっ」
思わず、声が漏れ出る。自分の存在を、再確認して。当たり前だったこと、目を背けていたこと……それらの中に、いいや、それらすべてが、今は輝いて見えた。
そう、私は最強だった。生命全てを呪い踏みにじり喰らう存在、大魔王以上の実力と悪性を秘める、人間ですらない化け物。
結論はこうだ。
私という悪が再臨し、現状の悪を殺し尽くす。すべての悪を統合した存在へと変成し、私はその時初めて、勇者である彼の前に立ちはだかるのだ。
そして、小悪魔のように囁いてやるのだ。
「私は、貴方が殺すべき人類の悪である……と」
そうと決まれば、もうこの体に用はない。自らを縛る鎖を断ち切り食い千切り、偽りの姿を内側から爆散させる。金銀財宝は一瞬にして赤黒く染まり、辺りは地獄絵図と化す。
滲み出る衝動、溢れ出る力は暴力に魅力を感じさせ、理性を消し飛ばそうと襲いかかる。しかし私には目的ができた、竜としてではなく、人として生きた自分の、どうしようもない目的を叶えるために、私は再び邪竜へと身を落とした。
翼を広げ、力強く空を飛ぶ。城壁を破壊し、空を穿ち裂きながら飛び立つ。この世界が嫌いだ、彼を無能だと罵る人間どもが大嫌いだ!
ーーいいだろう、人間ども。
ーー今一度、私という恐怖を蘇らせてやる。伝説などではない、この星そのものが悲鳴を上げるほどの傷跡を残してやる。
ーー私は、邪竜。
ーーそして名乗るのならば、敢えて私はお前らが恐れ、口に出すことを憚ったその名を使おう。
我が名はアルト。かつて勇敢なるベルグエルによって滅殺された、最後にして最凶たる害悪であり、お前らという種を滅ぼす邪竜である。




