憤怒の赫雷、嘲笑う魔王
結論から言おう、俺は最強だ。この魔王城の兵士全員が束になってかかってこようと、神剣すら抜かずに勝利を手にする事ができる。これは考えるまでも無い決定事項であり、何があっても揺らいではいけない絶対条件である。
そして一つ訂正しよう。俺は「現」最強ではあるが、元々はそうではない。今も脳裏に強く焼き付いたその剣士が生きていた頃は、図るのも馬鹿馬鹿しい程の距離がひらいていたのだ。最強に勝ち逃げされた俺は、そのまま成り行きで最強の座に着いた。――無論、俺はこの結果に満足していないし、するつもりもない。
俺にとっての地位とは、実力とは。自らの努力によって、他者から奪われるべきものである。だから何の戦いも試練も乗り越えていない俺が手に入れたこれは、全く意味のない空っぽの、虚しい張りぼてなのだ。
故に、俺はもう一度あの女に会いに行く。挑むために、空虚なる最強を満たすために……そのために俺は全てをかなぐり捨てた。一族を皆殺しにし、人間を裏切り、自分より弱い存在にこうべを垂れた。
残っているのは、空っぽな最強の座。
俺に残された道は、これを死に物狂いで満たす事だった。
◇
俺は、この世界で最強だ。この城に潜んでいた魔物どもを皆殺しにし、その死骸の山の上に立っている。数多の勝利を手中に収め、俺は目の前の強者を嘲笑って見せた。
「魔獣、死霊、鉄の身体を持つ機械仕掛けの兵隊。――肩慣らしにもなりゃしねぇ、お前らは揃いも揃って、統率力も威厳も皆無だな」
魔王軍四天王の内、三体の強者が怒りをあらわにする。魔獣軍団長バルク、死霊軍団長ウィノパルス、絡繰軍団長アグニカ。どれもこれもそこそこと言ったところだろうか、しかし俺の敵ではない。やれやれ、あの『竜刻のベルグエル』が一角を担っていた四天王なのだから、もう少しまともな人材を期待していたのだが。――呆れた俺の表情に、バルクは牙をむき出しにする。
「貴様……それ以上、この百獣の王を侮辱するでない。吾輩は最強で寛大だが、そのような愚弄を見逃すほど、威厳に無頓着な訳ではないからなぁ……!」
「ほーん、最強ねぇ。じゃあなんでお前は魔王サマに従ってるんだっけか? う~ん確かなぁ、ボッコボコにされて従ってたんじゃないのか~?」
「黙れぇええええええええ!!!!!!」
広げられた翼、溢れ出る魔力の束。真正面から突っ込んでくるそれは、考えも戦法もありゃしない。何から何まで、ベルグエルにも、当然あの女にも届きやしない。――だから、少し刃を滑らしてやるだけで良い。
「――」
「いっちょあがりぃ」
胴体と泣き別れした首を掴み、青ざめた幹部二人の方へと投げ飛ばす。ゴロゴロと転がっていく首に、ウィノパルスは腰を抜かした。アグニカは機械だからなのか、冷静に俺の方を見ていた。俺は神剣を構えるが、二体とも襲い掛かってくる様子は無い。
(そりゃそうか、目の前で準四天王最強が殺されたんだもんな)
相手に対する失望と、満足に剣を振るえない欲求不満が募る。それは矛先を蹂躙へといざなう衝動に繋がり、俺はそれを止める手段も、必要性も感じない。――よって、俺は怒りを振りまく。
「ひ、ひぃいいっ!」
ウィノパルスの悲鳴が心地よい。当たるか当たらないかの間合いで赫雷を放ち続け、城壁やら何やらを抉り回す。それに危機感を覚えたのか、あるいは俺を倒せるのかと思ったのか……どちらにせよ、絡繰り人形であるアグニカが距離を詰めて来た。
「おせぇよ」
一刀両断。弱い、弱すぎる。柔らかく、脆く、何より遅い! よくもまぁベルグエルはこんな弱者共と肩を並べていたものだ、俺は軍団長で本当によかった……もしも同じ立場だったら、俺は確実にこいつらを殺していた。
切り潰された身体から火花が散り、アグニカは爆発した。俺はそれを鼻で笑ってやり、爆炎の中……取り残されたウィノパルスを見下した。殺意どころか、戦意すらないその存在は、命乞いでも言いだすのではないかと思うほどに弱弱しかった。
「分かってるよ、お前が言いたいこと」
だから、優しい俺は剣を鞘に仕舞った。骸骨の顔は、明日を生きれる事に感謝していた。俺はそれをニッコリ笑って見せて……容赦なく赫雷を流し込んだ。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「良いかよく聞け、お前には魔王サマっていう主人がいるんだ。仕えたのなら最後まで尽くせ、忠誠心はそんなもんか? 最強の魔法使いって言ったよな、なぁ!?」
ボロボロと崩れ去っていくその表情には、絶望しかなかった。自分の実力への誇りも、主君に対する申し訳なさなどない……こんなモノなのか、この程度の輩が、この魔王城の最上位に君臨していたのか?
「上が無能だと、その上も無能なんだろうな。これじゃガドの方が、よっぽど強いし誇りがある」
こんな形であいつを認めることになるとは、俺は酷く申し訳ない気持ちでいっぱいだった。いずれ俺は、あいつと決着を付けねばならない。俺とあの女との、唯一の繋がりを証明する存在……あれが無ければ、俺はあの女に会いに行く事ができないのだから。
「さて、雑魚は片づけた事だし、そろそろガドを助けてやりますかっと……」
「つれない事を言うでない。裏切り者、尻に敷かれるアルカディア」
反射的に剣を振るう。斬撃は城壁を抉り、破壊し、しかし手ごたえが無い事に俺は舌打ちをした。――別格の気配と、魔力のイカレた乱れ方……言わなくても分かる、名乗られなくても分かる。あいつは、あいつの、名は――!
「大魔王、エデン……!」
「許そう、首を垂れないことを今は許そう。無能な部下を殺したことを赦そう、余の計画を遅らせた事も、今は目を瞑ろう」
――だが。それは艶めかしく細い女の体をくねらせ、周囲の魔力を片っ端から喰い散らかし始める。太陽の光すらも届かず、その周囲だけが、暗く深い闇に包まれていく。
「その人生、その強欲。お前の持てる全てを出し切り、余を昂じさせてみよ。――なぁに心配するな、生きようが死のうが、お前の妻には会わせてやろう」
今までにない感情に身を任せ、赫雷を闇に放つ。形と意思を持った闇は、そのまま光と拮抗し……弾ける。俺は、歯を食いしばりながら、目の前のクソ野郎に一言告げる。
「殺す」
「面白いっ!」
怒りと、愉悦が正面からぶつかる。それは魔王城を吹き飛ばすに留まらず、空間を歪ませ、衝撃を生み出し、周辺の大地と空を片っ端から吹き飛ばしていった。




